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『──ってなに…?』
『ママがね、よく言うの。くじけそうになったときは思いだしなさいって。だからルビィにも教えてあげる。』
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季節は夏の少し前。
1回分おいて、2度目の夏を浦女で迎えている。
1度目のときと変わらず初夏の浦女は美しい。透き通る青空ときらめく海に緑の山々はよく映える。
私はここで生まれたわけではないが、この景色には故郷のような安心感すら覚える。
内浦を高台から見渡せる浦の星女学院が私は大好きだった。
しかし今はどうだろうか。
もちろん変わらず私は浦女が好きだ。
しかし屈託なく2年前のように言いきれるかと問われればそうではない。
私が浦女に戻ったのには理由がある。
私が一度、浦女を離れた理由があるのと同じように。
私は今、人を利用している。
何も知らない他人を。
そして利用した末にかつての友人を追い込もうとしている。
自分の利益に基づいて人を操ろうとしている。最低な行為だ。
2年前と変わらず透明なこの浦女は、内浦は、変わらず私を受け入れてくれるのだろうか。
騙し、騙り、偽り、隠すことで私欲を実現させようとする、変わってしまった私を。
納得をする。
私が次のStepに進むために必要なこと。
2年前に自分なりに答えを出し、全てを振り切ったつもりだった。
でも私はこのまま歩き出すことはできない。
分からないことが多すぎる。
あの日から時計の針は進んでいない。
私が歩み出すために、私は春に芽吹いた夢を踏み台にしようとしている。
新たに生まれたFirst Stepを私のNext Stepにすり替えようとしているのだ。
それだけではない。
私と同じように2年前に止まった時間を解かして、やっと進み始めたあの子まで利用することになる。
浦女には3人の、そして今は5人になったスクールアイドルが存在している。
その中には私と同じようにかつてスクールアイドルを志し、私と同じように立ち止まった1人の少女がいる。
そんな彼女が踏み出したStepを侮辱することにならないだろうか。
彼女の夢が2年間ハリツケにされた原因の一端は私にあると言ってもいい。
恨まれるのも辛いが、何より私は彼女を再び悲しませたくなかった。
私は今でも彼女を妹のように思っている。
私が関わらないことで、彼女がようやく手に入れた今の幸せを護れるのならそれも良いのかもしれない。
浦女に戻って2ヶ月経った今、私はそう思い始めていた。
理事長室。
親のカネで手に入れた私の部屋だ。
元々財政難の浦女だが、オハラの寄付により首の皮一枚で繋がっている。
私が大学進学前に籍を戻したいと伝えると、パパはその場で寄付金を振り込んでいた。
18歳の大事な1年を不自由なく過ごせる環境にしたいということらしい。
そして今日はその18歳の幕開け。6月13日は私の誕生日である。
しかしこれといって事件は起こらない。
級友とは一定の壁を敷いているし、かつての親友との間には煤けた距離感がこびりついている。
もとより全てが順調に進むとは思っていない。
バースデイの祝いなど、罪と悪辣に塗れた今の私が望んではいけないのだ。
そう思っていた。
机の上に小さな箱を見つけた。
シンプルではあるが丁寧な包装をされている。
誰の目にも明らかなバースデイプレゼントだ。
日頃、生徒は理事長室を遠巻きにしている。
そもそも私は誕生日を誰かに話しただろうか。
クラスメイトの誰かか、それとも──。
本来なら心を踊らせるシーンなのだろう。
しかし私は指先が痺れるほどに緊張し、身を固めていた。
その理由は2つ折りにして小包みに添えられたカードだ。
何年も前から私のバースデイを祝ってくれた2人の親友は、決して今の私を祝うことがない2人でもある。
小箱に添えられたその手紙には一体何が書かれているのだろう。
私の狙いはとうに2人にバレている。
これがもし2人のどちらかの、または両方の、直接の、
そして完全な拒絶を記した手紙であったら。
悪い想像ばかりが脳内を反芻する。
私は重いバースデイカードを恐る恐る開いた。
………
………
一瞬のサプライズ。そしてすぐに、全身が暖かさに包まれていた。
そこにはたった一文。
よく知っている言葉。
そしてずっと忘れていた言葉。
分厚い雲が晴れるような風が吹き抜けた。
思いがけないところから。
それでいて、そこ以外有り得ないところから。
たしかに私は変わってしまっていたみたいだ。
こんな私は── そう、らしくない。
許してくれてありがとう。
背中を押してくれてありがとう。
私はもう迷わない。
あの頃に、Aqoursに帰りましょう。
必ず帰ってみせるの。
そのあとのコトはそのときに考えるのよ、マリー
Thanks, my little baby.
I’ll never be contented again.(私はもう、諦めない)
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『だからね、ルビィ!私は何があってもうつむかないの!今にも泣き出しそうなくらい心細くても、そこに明日はないんだから!』
『Tomorrow is “SHINY” day!』
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おわり
緋色のことは英語でスカーレットと言います。
小原鞠莉さん誕生日おめでとうございました。
ルビまりの可能性を信じろ
乙
多分そうだろうなと思いながら読んでたけどやっぱりルビまりおじさんだったか
ルビまり誕
G's次元でもないのに普通に仲良しな鞠莉誕ばかりだからこういうのイイね