─放課後、中庭
ルビィ「……」ボーッ
ルビィ「…………はぁ」
善子「…なに溜息なんかついてるのよ」
ルビィ「……あれ?善子ちゃん、来てたんだ?」
善子「ついさっきよ、ルビィが一人でいたからちょっと気になってね」
善子「それより何かあったの?こんなところでボーっと空なんか見つめちゃって、悩みでもあるわけ?」
ルビィ「うん、ちょっとね考えごとしてたの」
ルビィ「こうやって空を見てたら何か分かるかなぁって思って」
善子「…ふーん?」
善子(なんかルビィがそこまで思い込むのって珍しい気がするわね)
善子「それで?何か分かった?」
ルビィ「…ううん、何も……だけど」
ルビィ「本当はもう分かっていることなのかも」ボソ
善子「?」
ルビィ「ごめんね、なんでもないよ…ねえ善子ちゃん」
善子「なに?」
ルビィ「もうそろそろ七夕だねぇ」ニコ
善子「…」
善子「…そういえばそうね、もう七月に入ったからすぐかしら」
善子「まだあまり実感が湧かないけど」
ルビィ「そうなんだ」
ルビィ「ねえ、善子ちゃんは七夕…どんなお願いごとにするつもりなの?」
善子「私?私は願いなんて書かないわよ?」
ルビィ「えっ、どうして?」
善子「堕天使が天に祈りを奉げるなんてあってはならないことだから」
善子「そんな事をするわけにはいかないのよ」
ルビィ「……そうだよね、善子ちゃんは堕天使だもんね…」
ルビィ「でもルビィは善子ちゃんやみんなと一緒にお願いしたかったんだけどなぁ…」シュン
善子「……」
善子「……あー、間違えたわ…やっぱりさっきの無し」
善子「思いつかないだけだったわ」
ルビィ「え?」キョトン
善子「だから、その願いっていうの?何にすればいいのか分からなくて」
ルビィ「……」
ルビィ「良かったぁ…悩んでただけなんだね」
善子「……まあね」
ルビィ「そっか……フフッ…」
善子「…何が可笑しいのよ、悪いの?」
ルビィ「違うよ、さっきのお話聞いてたら善子ちゃんは七夕が嫌いなのかなぁって思っちゃって…だから」
善子「別に嫌いじゃないわよ、そういった行事自体は」
ルビィ「あとね、ルビィのこと気遣ってくれたから嬉しくて」
善子「……さあ、何のことを言っているのかしらね」
善子「そんなことをした覚えはないけど?」
ルビィ「クスッ…そうだね、ルビィの勘違いかも」
ルビィ「でもありがとう善子ちゃん」
善子「…まあ、その気持ちだけは受け取っておくわ」
ルビィ「うん、わかった」
─
善子「…ねえ、そういえばさ」
ルビィ「ん?」
善子「ルビィは短冊に何の願いを書くつもりなの?」
ルビィ「ルビィ?ルビィはねぇ──」
ルビィ「お姉ちゃんになれますように」
善子「は?」
ルビィ「って書こうと思ったんだけど、お姉ちゃんにやめなさいって言われちゃった」
善子「でしょうね」
善子(この子の場合、冗談じゃなさそうなのがまた……)
ルビィ「だからルビィはね、織姫様になれますようにって書こうと思ってるの」
善子「…織姫?なんで織姫なの?」
ルビィ「うん、お姉ちゃんに聞いたんだけど」
ルビィ「七夕って元々詩歌やお裁縫なんかの芸が上達しますようにって願掛けが主流だったらしいの」
ルビィ「だから衣装作りとかもっと上手くなれたらいいなぁって」
善子「ふーん……でもそれなら別に織姫じゃなくてもいいのに」
善子「直接そう書けばいいじゃない」
ルビィ「ううん、ルビィねそれくらい上手になりたいから……それにね」
善子「それに?」
ルビィ「……やっぱりなんでもない」
善子「?変なルビィね、何をそんなに隠すことがあるのよ」
ルビィ「言えないことだってあるよ?善子ちゃんはそういうのないの?」
善子「それは……そうね」
善子「確かに私にもあるわ……言えない秘密が」
ルビィ「…誰にも?」
善子「…少なくともルビィには言えない」
ルビィ「そっか」
善子「ごめん、自分のこと棚に上げて…」
ルビィ「ううん、そういうのって知りたくなっちゃうから仕方ないよ…ルビィもそうだよ」
ルビィ「だってもしかしたらそれが、聞きたかった言葉なのかもしれないから」
善子「……」
ルビィ「……」
善子「……そうね、でもそれは今言うべきじゃないかもって思うこともあるの」
ルビィ「そうだね…」
ルビィ「…だから、願うのかな?」
善子「え?」
ルビィ「今は言えないから、気持ちだけでも……って」
ルビィ「誰にも聞かれたくないけど、誰かに聞いてほしいから」
善子「矛盾してるわね…その考え、まあ分からなくもないけど…」
ルビィ「うん、おかしいよね」
善子「……ねえルビィ、その願いは叶うのかしらね」
ルビィ「うーん、分かんないや」
善子「そう……ルビィ」
ルビィ「なに?」
善子「こんなこと、言うのもどうかと思うけど…」
善子「私は─ルビィの願い…叶わないで欲しいって、そう思うの」
ルビィ「……どうして?」
善子「それは……」
─だってもしそれが叶って、ルビィが織姫になってしまったら…もう貴女に会えなくなるじゃない
私は堕天使ヨハネ、地上に堕ちた私が天に昇ることは出来ないから……
きっとルビィと離れ離れになったままになる、そんなの私は御免だわ
善子「…ほら、織姫になると願いを叶えさせる側になるでしょ?そうしたら、もう願い事が出来なくなるじゃない」
ルビィ「あっ、そっか……確かにそうだねぇ」
ルビィ「もう皆ともお願い出来なくなっちゃうんだ」
善子「そういうことよ」
だからねルビィ
どうか特別な存在にならないで、織姫になんてならなくていい
ずっと私の傍で一緒に星を見上げていてほしいの……たとえ、それがありふれた普通のものだったとしても
それだけで幸せなのよ……同じ距離で、同じ場所で、いつでもその顔を見ていたいから
──ルビィ、私の願いはルビィに比べればなんてことないかもしれないけど
でも、私にとってはそれが一番叶えてほしいものだから。
善子「それに一年に一度しか会いたい人と会えないなんて嫌じゃない?」
ルビィ「……」
善子「私は嫌だけど」
ルビィ「うん、ルビィも嫌かな……だけどね善子ちゃん」
ルビィ「それでも…」
善子「え?」
ルビィ「それでも叶えたい願いだとしたら?」
善子「……どうしてそこまで拘るのよ」
ルビィ「そうじゃないと出来ないことが、多分あると思うから」
善子「…何それ、意味がわからないわ」
ルビィ「クスッ、そうだね…」
─ねえ善子ちゃん
織姫様は天から地上に降り立って、そこで運命の人を見つけるの
だからね…たとえ天から追放された堕天使でもきっと会いに行けると思うんだ
もしこれから先…離れ離れになる事があってもいつかまた貴女に会えますようにって
それは悲しいことだけど…でもね、出会うことで幸せになれた織姫様と彦星様みたいに、ルビィも善子ちゃんとそうなりたいなぁって思ったの
ルビィ「…善子ちゃん」
善子「何?ルビィ」
ルビィ「七夕の日……空、晴れるといいねぇ」
善子「そうね、そっちの方がよく見えるもの」
ルビィ「うん」
善子「それに…今なら届くかもしれないって、そんな気になるから」
ルビィ「……届くよ、善子ちゃんが手を伸ばせば」スッ
善子「……掴めるかしら」ピト
ルビィ「…それは分からないよ」パッ
善子「そこは出来るって言いなさいよ」
ルビィ「だってやってみないと分からないから」スタッ
善子「なら、やってやろうじゃないの」
ルビィ「そっか、じゃあ楽しみにしてるね?」ニコ
善子「ええ…分かってるわよ」フフ
善子・ルビィ(そう…だからきっと七夕の夜は─)
いつかこの想いが、この気持ちが、通じますようにってそう願いながら
一年に一度しかない夜空を見上げて、今か今かと返事を待ち続けるの
どんな星よりも綺麗な──貴女の隣で。
─
善子「─それじゃあまたねルビィ」テヲフリ
ルビィ「うん、また明日」フリフリ
善子「……」
ルビィ「……」
でも本当はそんなの関係なくて、肝心なところはそういうのじゃなくて
善子・ルビィ「…………はあ」
善子・ルビィ(あーあ、早く言っちゃえばいいのにね…)
分かってるのに、お互いに好きだと言えない私たちは─
一体何をやってるんだろうっていつも思うの
善子・ルビィ「……嘘つき」
すごく百合らしい切ない文章でとても好き
直接告白はできないけど、遠回しに気持ちを伝え合っているのが素敵