理事長室
鞠莉「ふぅ…」
曜(ため息、これで3回目だ。鞠莉ちゃん、お疲れ様なのかな)
鞠莉「…あ。ふふ、油断しちゃった。ただでさえ待たせてるのに、ごめんね?」
曜(そりゃ疲れるよね。お仕事も大変なのに、ライブ目前で、ここのところは練習続きだし…)
鞠莉「仕事がちょっと山場でね。なんとか乗り切るつもりだけど、ふぅ…あっ」イケナイ
曜(――頑張る鞠莉ちゃんのために、私ができること…喜んでもらえそうなことって…)
曜(…あっ、そうだ!)
曜「ねぇ鞠莉ちゃん。今日って練習終わった後、時間ある?」
鞠莉「ん?夜は、特に予定はなかったと思うけど」
曜「よかったら、うちにご飯食べに来ない?」
鞠莉「ご飯、曜の家に?」
曜「うん!今日はね、なんだかカレーが食べたい気分なんだ」
鞠莉「カレー…」
曜「でも、今夜はお母さんが用事で居ないんだ。家にひとりだと、料理するのも食べるのも寂しくて」
曜「だから、鞠莉ちゃんさえよければ、どうかなーって」
鞠莉「んー…」
曜「あ、もちろん無理にとは言わないよ?お疲れ様なら、今日の所はゆっくりするのも…」
鞠莉「いえ、ぜひご馳走になるわ」
曜「大丈夫なの?」
鞠莉「もちろんよ。せっかくのお誘い、それも曜の特製カレーとなれば、見逃す手はないわ」
鞠莉「喜んでお邪魔させてもらいますっ」
曜「わあ、やったぁ!じゃあ、今日は一緒に帰る?」
鞠莉「そうしたい所だけど、その前に溜まった書類をなんとかしなきゃいけなくて」
曜「あ…」
鞠莉「大丈夫、すぐ終わらせて追いかけるわ。そのためにも、今のうちに頑張っておかないと」
曜(…なんだろう、胸がチクっとする)
鞠莉「曜、どうかした?」
曜「あ…ううん。少しぼーっとしちゃって」
鞠莉「あら。ひょっとして、曜もお疲れ様だったり?」
曜「それは大丈夫、元気だよ」
鞠莉「曜もやることが多いからね。一人で抱え込んで、頑張りすぎちゃダメよ?」
曜「わかってるって、鞠莉ちゃんこそね」
鞠莉「カレーが待ってるんだもの、無茶はしないわ。今日はよろしくね?」
曜「了解でありますっ!」
曜(よかった、来てくれるって…嬉しい!)
曜(…けど、さっきの違和感はなんだったんだろう)
……………………………………
渡辺家、夜
曜「ふふっ、なかなかいい感じかな〜♪」グツグツ
鞠莉(わあ、すごくいい匂い…)
曜「お待たせしちゃってごめんね。もうすぐ出来るから」
鞠莉「何か手伝うことはある?」
曜「大丈夫!座っててー」
鞠莉「けど、何もしないっていうのも」
曜「今日の鞠莉ちゃんはお客様なんだから。遠慮しないでゆっくりしててよ」
鞠莉「ん、わかった。先にリビングで待たせてもらうわ」
曜「はいはーい、くつろいでねー」
鞠莉(…初めての場所、しかも人のお宅にお邪魔するのは、いつだって落ち着かないものだけど)
曜「ブロッコリーの焼き具合は…完璧っ!」
鞠莉(今日は不思議と心地いい…なんでだろう。カレーが美味しそうだから?)
曜「ズッキーニもいい感じ…よし、できたー!いま盛り付けるからね!」
鞠莉(それとも、曜の家だから――)
曜「あれっ、さっきまでいた福神漬けが行方不明に!?」
鞠莉(――ふふっ。何もしないでいる時間って、久々かも)
曜「お待たせ!曜ちゃん特製船乗りカレーだよ!」コト
鞠莉「わあ…!」
鞠莉(炊きたてのご飯と、具沢山のカレー、グリルした野菜の付け合わせ。きらめく湯気と、食欲をそそる香り…)
鞠莉「これはもう、一種の芸術ね」
曜「本日のカレーはお野菜を贅沢に使ってみました!福神漬けはお好みでどうぞー」
鞠莉「曜のカレー、海の家でご馳走になって以来ね」
曜「美味しそうに食べてくれたよね。シャイ煮と堕天使の泪は無いけど、お口に合えば嬉しいな」
鞠莉「それはもう、きっと見た目通りの美味しさに間違いないわ」
曜「えへへっ。さ、熱いうちに食べよう!」
鞠莉「ええ」
ようまり「いただきまーす」
鞠莉「お野菜がたくさんって、嬉しいわね」スッ
曜(さあ、どうかな…)
鞠莉「…んっ、おいしい!」パァァ
曜「本当?」
鞠莉「ええ!なんだか元気が湧いてくる。疲れも吹き飛ぶ美味しさって、このことね」
曜「よかった!じゃあ私も…うん、美味しくできたみたい!」パァァ
鞠莉(うふふっ、元気の源はここにもあった)ニコニコ
曜「いっぱい作ったから、いっぱい食べてね!」
……………………………………
曜の部屋
曜「今日のカレー、どうだった?」
鞠莉「とっても美味しくって、エクセレントの一言よ。将来はお店が開けそうね」
曜「えへへっ、それは褒めすぎだよ」テレテレ
鞠莉「ところで、今日はどうして誘ってくれたの?」
曜「えっ。どうしてって、それは、カレーが食べたかったから…」
鞠莉「それはそうかもしれないけど、他にも理由があるんでしょ?」
曜「うっ、見抜かれてた?」
鞠莉「隠し事は無しよ。黙ってるつもりなら、また曜の柔らかなほっぺたをうりゃうりゃと…むふふ」わきわき
曜「わ、わかったから、その顔とその手つきはやめて」タジッ
鞠莉「わかればよろしい。さ、教えて?」
曜「強引なんだから…えっとね、鞠莉ちゃん、大変なのかなって思って」
鞠莉「え、私?」
曜「うん。お仕事も練習も、その…毎日すごく頑張ってるから」
鞠莉「あー…最近の私、疲れて見えた?」
曜「ん…正直、ちょっとね」
鞠莉「ふふ、そっか」
曜「学校のこと、大変なの?」
鞠莉「ん…正直、少しね」
曜「そっか。そう、だよね…」
鞠莉「だからカレーをご馳走してくれたの?」
曜「色々考えたんだけど、私が力になれそうなことって思い付かなくて」
曜「けど、少しでも元気になって欲しくって。それで」
鞠莉「曜…」
曜「あははっ。あっ、でもカレーを食べたいなーって思ってたのは本当だし、だから、えっと…」
鞠莉「優しいんだね」
曜「えっ?」
鞠莉「嘘がつけない素直な子、ってことよ」ツンッ
曜「あてっ」
鞠莉「ふふっ。私のために、本当にありがとう」ニコ
曜「!」
鞠莉「美味しいカレーもだけど、こんなにゆっくりしたのは久々なの。感謝してるわ」ナデナデ
曜「わっ」
鞠莉「おかげで、まだまだ頑張れそうよ」
曜「鞠莉ちゃん…」
鞠莉「大変なことも多いけど…今が正念場だもの。くじけるわけには、いかないものね」ニコ
曜「!」
曜(笑ってるのに、悲しい顔…胸の奥がチクッてする、この感じ…)
鞠莉「…ずっとこうしていたいけど、もうこんな時間」
曜「あ…」
鞠莉「そろそろお暇しなくちゃ。明日も早いのに、遅くまでごめんね」
曜(…いやだ。帰って欲しくない。一人きりに、させたくない…)
鞠莉「いま迎えを呼ぶから、もう少しだけ――」スッ
曜「っ、鞠莉ちゃん!」
ハグッ
鞠莉「!」
曜「…」ギュ
鞠莉「よ、曜…どうしたの?」
曜「わかんない、けど…」ギュー
鞠莉「…心配してくれてるの?」
曜「そうだけど、そうなんだけど、少し違うんだ…」
鞠莉「…」
曜「頑張ってる鞠莉ちゃんを、やっと休ませてあげられたのに…カレー美味しいねって、笑ってくれたのに…」
曜「明日からまた、鞠莉ちゃんをひとりで頑張らせちゃう…それが、それが、私っ…!」
鞠莉(曜…震えてる…)
曜「ごめんね…上手く言えないけど、こんな…!」
鞠莉「…伝わったよ」ギュ
曜「!」
鞠莉「まっすぐで、すごく暖かくて、優しい気持ち…」
鞠莉「私のことを、ずっと気にかけてくれていたのね」ナデナデ
曜「あ…」
鞠莉「嬉しい。曜が想ってくれることが、とっても嬉しい」
曜「鞠莉、ちゃん…!」
鞠莉「この嬉しさ、曜にも伝わるかな?」
曜「うん、うんっ…!」ギュー
鞠莉「ふふ、素直な子。ありがとうね」
曜(…ああ、この暖かさだ――私が憧れたのは)
……………………………………
鞠莉「落ち着いた?」
曜「うん…えっと、恥ずかしいところをお見せしました…」
鞠莉「恥ずかしくないし、なんで敬語なのよ」クスクス
曜「だってさ…鞠莉ちゃんを元気付けてあげるはずが、逆に慰められちゃうなんて」
鞠莉「慰めたわけじゃないわ。曜と私で、互いを想う気持ちを確かめ合ったの」
鞠莉「だから少しも恥ずかしくないし、どっちがどうってこともないのよ」
曜「…えへへ、やっぱり鞠莉ちゃんはすごいや」
鞠莉「とは言え…私が何も言わなかったせいで、曜を心配させてしまったのも事実だし」
鞠莉「至らないばかりに、ごめんね」
曜「ううん、私の方こそ――」
鞠莉「ああストップ。ごめん、言い方が悪かったわ」
曜「えっ?」
鞠莉「これじゃ、お互いごめんなさいの言い合いになっちゃう」
鞠莉「せっかく気持ちが通じ合ったんだもの。頭を切り替えて、前向き、未来志向でいきましょう」
曜「あ…!賛成!やっぱり鞠莉ちゃんはすごいや。でも、未来志向って?」
鞠莉「そうねぇ…学校のことも、スクールアイドルも、これからは更に忙しくなるだろうし」
鞠莉「自覚のないまま、頑張りすぎて消耗しちゃう。そんなことが無いとは言えないわ」
曜「そうなんだ、それが心配で」
鞠莉「ん…なら、こうしましょう」
鞠莉「曜から見て、私が疲れてたり、元気無さそうに見えたら、カレーに誘う」
曜「!」
鞠莉「私も自分で元気が無いなって思ったら、曜にカレーをお願いする。申し出を受けた方は、これに応えて一緒にカレーを食べる」
鞠莉「あとは、元気の有る無しに関わらず、たまにはカレー会を開催して、今日のような素敵なひと時を堪能する…このプラン、どうかしら?」
曜「わぁ…!いいよそれ、凄くいい!」
鞠莉「決まりね。これは二人の約束よ」
曜「じゃあさ、せっかくだから指切りしない?」
鞠莉「指切り?」
曜「うん。大切にしたいんだ。今日のことと、これからのこと…」スッ
鞠莉「!」
曜「ダメ、かな?」
鞠莉「…ふふ、指切りなんていつ以来かしら」ギュ
曜「あ…」
鞠莉「曜って意外とロマンチストなんだ。そのセンス、私も賛成よ」
曜「えへへっ。誰かさんのがうつったのかも」
鞠莉「あら、言うじゃない。うふふっ」
曜「あははっ。それじゃいくよ」
ようまり「指切り千万、嘘ついたら針千本飲ーます。ゆびきった!」
曜「えへへ、しちゃったね」
鞠莉「そうね、ふふっ♪」
曜「ん?」
鞠莉「指切りしたいって言う曜、可愛かったなって」
曜「わ、すぐまたからかう…」
鞠莉「本当のことだもの。それに覚悟してね。指切りをしたからには、マリーのカレーリクエストからは逃げられないのよ」
鞠莉「嘘ついたら、ペナルティは針千本なんだから」クスクス
曜「鞠莉ちゃんの方こそ気をつけてよ。約束破ったら『二度とカレー食べさせてあげないの刑』だからねー」
鞠莉「む…針千本より、そっちの方が重罰デース」
曜「あははっ」
鞠莉「うふふっ。今日は本当にありがとうね」
曜「鞠莉ちゃんこそ、来てくれてありがとう。必ずまた来てよね。次も、とびっきり美味しいカレーを作ってみせるから」
鞠莉「楽しみにしてるわ。小指の約束、よ」
曜「えへへ、小指の約束だね!」
曜(鞠莉ちゃんは、頑張り屋さんだ。学校のこと、スクールアイドルのこと。家のこと、勉強のこと)
曜(自分のことだけじゃなく、みんなのためにと大忙しな頑張り屋さんだ)
曜(私が力になれることなんて、ほとんどなくて。それこそ、カレーをご馳走するくらいの、本当に他愛のないことしかできないと思うけど)
曜(いつだって一生懸命な鞠莉ちゃんに、少しでも元気と幸せをあげられたら嬉しいな)
終わり
おつカレーさまでした
あ、今のはカレーとかけた……ry