今でも覚えてるよ、あの時のこと。侑ちゃんが温泉宿に誘ってくれたのが始まりだった。
お父さんが知り合いにペア宿泊券を貰ったけれど、お父さんもお母さんも仕事で行けないから、よかったら二人で行ってきなさいって。
喜んで、行きたいって返事をしたけど本当はドキドキしてたんだ。だって温泉宿に二人きりだよ? 同好会の合宿でもなく、二人で温泉なんてカップルみたいだもん。
侑ちゃんは私の気持ちを知ってか知らずか、宿泊券が無駄にならなくて良かったって笑ってたんだ。私がこんなにドキドキしてるのに、いつも通りの表情で……。
もしかしたら何とも思われてないのかな、なんてほんの一瞬思っちゃったよ。付き合ってるわけでもないし、ただの幼馴染として誘ったのかなって。
けど、侑ちゃんと一緒に旅行に行けるんだから、そんなことはまぁいいやって飲み込んだんだ。他の誰でもなく、私を一番に誘ってくれたのも嬉しかったしね。
ワクワクしながら毎日を過ごして、待ちわびた土曜日になって。大きな旅行鞄を持って、二人で家を出たんだ。一体どんな旅館なんだろうね、って話しながら。
電車を乗り継いで、バスに乗って……四時間くらいかかったかな?
住所を確認した時から薄々感じてはいたんだけど、その旅館ね、物凄い山奥にあったんだ。もう本当に……電車を降りた時点で、田んぼばかりで東京ではまず見ることがない景色だったんだけど……。
バスに乗ってからはどんどん山の中に入っていって、道を進むごとに人家も無くなっていって。旅館についたらコンビニで飲み物買おうなんて思ってたのに、コンビニどころか自販機すらあるか怪しいレベルでね……。
乗客も私と侑ちゃんしかいないし、本当にこのバスで合ってるのかな、ってスマートフォンで確認しようと思ったけど圏外でネットも繋がらない。
侑ちゃんも長時間電車やバスに揺られてて酔ったのか、口数が少なくなって……早く着かないかなぁって退屈しながら窓の外を眺めてたらね。
目が合ったんだ。
窓のガラスに映った侑ちゃんと目が合った……なんて言えたらロマンチックだったんだけど。ううん、侑ちゃんじゃない。
山の中を走っているだけあって、窓の外は背の高い木が生い茂ってたんだけど……道路からは離れた奥まったところにある木の横から、子供が顔を出してたんだ。
こう、木から丁度半分だけ顔を覗かせる感じで……そんな風に顔を出してる子と目が合ったの。
一瞬びっくりしたけど、すぐに他の木に隠れて見えなくなって……見間違いかと思ったけど確かに子供の顔だった。
変なもの見ちゃったかな、って思ったんだけど……すぐに気付いたよ。あぁ、近所の子が木登りして遊んでたんだって。それがたまたま顔半分だけ見えたんだろうって……。
道路からは見えないだけで、山の中に家があっても何もおかしくはないもん。ポツンと……なんてテレビ番組もあるくらいだし、ね。
それからしばらく経って、ようやくバスが旅館に着いたんだけど……あのね、宿泊券をタダで貰ったのにこんなことを言っちゃ失礼かもしれないけれど、ボロボロで古臭い感じだったんだよね、その旅館。
凄いところに来ちゃったな、って侑ちゃんも困惑してたよ。
もっと雰囲気のいい旅館だと思ってた、ごめんって謝る侑ちゃんに、そんなことないよ、風情があって良い旅館だよなんて適当な慰めを言って二人で旅館に入ったんだ。
中は綺麗だろうと思ってたんだけど、全然そんなことはなく古ぼけてて、湿っぽくて薄暗い。
奥から出てきた、腰の曲がったお婆さんに案内されて部屋に向かったんだけど……部屋の掃除も本当に最低限しかされてないのか、ところどころに埃が積もっててね。
あぁ、侑ちゃんがいるとはいえここで一晩過ごすのか……って憂鬱になったのをよく覚えてる。
山奥だから観光する場所もないし、スマートフォンを触ろうにも圏外で、何もすることがない。侑ちゃんと二人で話してるだけで幸せだけど、流石に手持ち無沙汰になった頃に、お風呂に行こうって侑ちゃんが提案したんだ。
旅館の醍醐味っていえばやっぱり温泉だよね。大きいお風呂に足を伸ばして入って、サウナなんかもあったら嬉しい。そんな話をしながらお風呂に向かったんだけど……。
私達を待っていたのは「改装中で使用禁止」の簡素な文字だったんだ。
信じられる? 旅館で温泉入れないんだよ?
温泉入れない旅館なんて、カレールーのないカレーだよ……! 酷いよ、あんまりだよ……こんなのってないよ……! 侑ちゃんは泣いてたよ。私も泣いた。二人で立ち尽くして、その場で泣き続けたよ。
棒立ちで滂沱の涙を流す私達を、旅館のお婆さんは奇妙なものを見る目で見てたよ。部屋風呂も成分は一緒ですので、とか言ってた。けど成分とかそういう話じゃないよ……。
それで、仕方なく部屋に戻ったんだ。侑ちゃんは世の中というやつが嫌になったみたいで、机に突っ伏してブツブツと何か言い続けてたよ。
この調子だと夕食にも期待できないな、なんて思ってたんだけど……予想に反して夕食は物凄く豪華だったし美味しかった。
美味しい夕食で侑ちゃんもようやく機嫌を直して、二人で部屋風呂に入って身体を洗いっこしたり、小さなテレビでローカル番組を見たりしてるうちに夜も遅くなって……。
それぞれ布団に入って、寝ることにしたんだ。
私は布団は一組がよかったんだけど、ちゃんと二組敷かれてたよ。寝静まってから寝ぼけた振りして布団に入って、寝ぼけたふりして触るから別にどっちでもいいんだけど……。
侑ちゃんが寝るのを待ってるうちに、私も寝ちゃったみたいでね。ふっ、と気付いた時には午前二時を回ってたんだ。
隣では侑ちゃんがすぅすぅ寝息を立ててる。早速寝ぼけた振りをして、下着を剥ぎ取ろうと立ち上がった瞬間。
あれ、部屋に誰かいる。
私の隣では侑ちゃんが寝てる。その侑ちゃんの向こうに、誰かが座ってる。真っ暗な部屋だからよく見えないけれど、何となく俯いているような気がする。
誰か入ってきたのか、そう思って悲鳴をあげようとしたんだ。でも、喉をついて出たのは掠れたような息だけだった。
声を出そうとしたけれど、上手く声が出ない。身体は強張ったように動かない。下着を剥ぎ取ろうとした時にはあんなに俊敏に動けていたのに。
恐怖で固まっている私の前で、俯いていたそれがゆっくりと顔を上げていく。目を瞑りたいけど、それすらも出来ない。
同時に侑ちゃんの寝息に混ざって、がさがさとひび割れたような声が聞こえてきたんだ。
遊ぼう、遊ぼう。
ゾッとしたよ。足元もまともに見えない暗闇の中なのに、何故かそれの顔だけははっきりと見えた。バスの窓から見た、あの子供だった。
近所の子なんかじゃなかったんだ。やっぱりあれは変なものだったんだ。後悔してももう遅かった。だってこの子は着いてきてるんだから。私が気付くのをジッと待っていたんだから……。
私に向かって、子供は笑顔を見せたよ。開いた口の中には歯が一本も無かった。
@cメ*༎ຶ ༎ຶ リ ゆ゛う゛じ゛ゃ゛ん゛に゛も゛ら゛っ゛た゛ロ゛ー゛タ゛ン゛セ゛の゛は゛な゛が゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛
何故かは分からないけれど、もう終わりだと思った。
きっと私は、この子供の遊び相手として何処かに連れて行かれる。
こんなことなら気付かなければ良かった。下着を剥ぎ取ろうとせず、朝まで寝ていればよかった。侑ちゃんは相変わらずすぅすぅと寝息を立ててたよ。
ぼろぼろと涙が溢れるのを止められなかったよ。
あぁ、こんなことなら好きだと伝えればよかった。侑ちゃんのことが大好きで、恋人になりたいと言えばよかった。
そうしていれば、こんな後悔をすることもなかったのに。泣いてる私をどう思ったのかは知らないけれど、子供はにやにやと不気味な笑みを浮かべてたよ。
そして。子供がゆっくりと立ち上がって……。
「破ァッ!!」
子供「グアアアアッ! 成仏する! 成仏した!」ジュウウウウウウッ
「ウチはこの山で修行をしてる修験者!!! あれは子供の姿を形どった浮遊霊の塊やな! 悪霊やったみたいやから成仏させておいたやん! ばいばい!」ダッ
侑「な、何!? びっくりした!? 歩夢好きだよ! 私と付き合って!」
歩夢「付き合う!」
こうして私と侑ちゃんは付き合うことになったんだ。
これで私の話はおしまい。
校内新聞同好会で恋バナ特集をするんだよね……どう? 記事になりそう?
完
下着を剥ぎ取ろうとしたこと新聞に自白してるけど大丈夫なの
修験者来なかったら連れ去られてエッチなことされてそう
∬ _
。。・/ , -‐‐ヽ・・・。。。 ∬
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侑ちゃんびっくりしてあとで言う予定だったことを言っちゃったんだね
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