「もし佐々木朗希が東大野球部に入学してきたら…」“94連敗”を止めた元東大野球部監督に聞くスポーツ選手の進路の話「ひとつの指針になるのはおカネです」
文春オンライン 5/1
https://bunshun.jp/articles/-/54039
■東大野球部が持つ独自の意義とは…?
東京大学に入学し、そこで野球を続けたいと思った学生に対して、東大野球部はどんな意義を持つのだろうか? 六大学野球というプロ予備軍がひしめき合うリーグでは、ひょっとしたら4年間で一度も勝てないかもしれないのだ。浜田氏は「必ずしも勝つことばかりが目的ではない」と話す。
例えば東大に限らず、運動部はレギュラー、ベンチ入り、そしてベンチにも入れない層に分かれていく。
「1年生の時にはみんなやる気があります。4年生もチームのために、という意識を持ってくれる。やっぱり、2、3年生のベンチに入れない“中間層”への指導がいちばん難しいです。3年生くらいになると試合に出られるかどうか、自分でも分かってくるわけです。試合に出られる可能性が低ければ、学生コーチになることを考慮してもらいます」
■「学生コーチ」という役職に適性を見出す選手もいる
学生コーチは、東大野球部の運営に欠かせない存在であり、ここで適性を見つける学生もいるという。
「私は野球に限らず、ひとりのコーチが指導できる人数は20人が限界だと思っています。その意味で、100人部員がいるのだったら、少なくとも5人は学生コーチが必要です。だから部としても彼らの存在はとても重要だし、彼らもここで学ぶことも多いですよ」
浜田氏はその一例として、社会に出て仕事をこなすための「4段階」を説明してくれた。
1 マニュアル通りに仕事を進める。
2 「合目的性」を考慮して仕事を進める。
3 業務において「自分」を見出す。
4 仕事を他人に任せる。人を動かす。
「東大生は1と2はほぼ100パーセント出来ます。合目的性というのは、手段がちゃんと目的にあっているかを考えながら作業できるということです。例えば練習グラウンドの土をこねる時に『神宮のマウンドに近づけるためには、どのような配合が必要か』を考える工夫のことですね。
3の「自分」を見出すというのは、業務を行う上で自分なりの発案や発想を持って、目的達成の助けにすることです。このあたりまではほとんどの部員が出来ます。ところが、4の『人を動かす』フェイズになると、東大生は途端に苦手な人が増えるんです」
その原因は、基本的に「独力でやった方が早い」と思っている学生が多いからだ。それは根本的な基礎能力の高い東大生だからこそ陥りやすい罠だとも言える。だが、組織が大きくなればなるほど、自分に出来ることだけでは仕事の幅が限られる。それでは大きなプロジェクトを動かすことは難しくなってしまう。
(中略)
■“令和の怪物”佐々木朗希が東大野球部に入学してきたら…?
逆に上級生になれば自分の能力の限界が見えてくる選手もいる。
「『大学野球で燃え尽きたい』と決める選手ももちろんいます。そういう選手に関しては、私は酷使します。連投もさせたし、球数を多く投げさせることもありました。そこは本人の意思と、傍から見て分かる能力と相談しながら方針を決めますね」
では、もしも、もしもだ。
例えば現ロッテの“令和の怪物”佐々木朗希が東大野球部に入学してきたとしたら、浜田氏はどんな進路指導をするのだろうか? 何を基準に彼の未来を助言するのだろうか? すると、こう答えてくれた。
「基本的に日本のエースになるべき人材ですから、たとえ彼が『チームと仲間のために大学野球で燃え尽きたいんです』と言ったとしても、プロに行かせる方向で指導はします。その際、ひとつの指針になるのはおカネの話です。例えば東大を卒業した人の平均生涯年収は4億5000万円から4億6000万円と言われています。でも、メジャーリーグに行ったら、1年でこれくらい稼げちゃいますよね(笑)。佐々木君だったらそうなる可能性が相当程度ある。
逆に言えば、能力的にギリギリプロに行けるかどうか…という選手が『野球は大学までで終えたい』というのであれば、それはその意思を尊重しますね。学生には『生きがい×収入』を考えるように指導しますが、プロで活躍できる可能性が高い人材にはそれに見合った指導をしますよ」
これまでの東大野球部の活動を振り返ってみると、東京六大学野球で通算255勝1692敗59分けの戦績を持つ。この数字を見て、皆さんは何を考えるだろうか?
勝利を目指すべきなのか、はたまた部での活動を通じて別の何かを目指すべきなのか――。日本の最高学府で野球をすることの意味を考えることは、スポーツの価値を問い直すことにもつながるのではないか。