福岡市の男性(49)は4年前、観光バス会社の新人研修を受けていた。運転手になる訓練で実際にバスを走らせる。時速50キロほどで山道に入った。
そのとき、運転席の後ろにいた男性上司から、傘の持ち手を首に引っかけられた。強い力で後ろに引かれ、体がのけぞる。車体は揺れた。「何するんですか」。思わず振り払った。
ハンドルを握ると猫背になる癖があり、いつも注意されていた。その指導だったのだろうが、上司は黙ったまま。同乗していた数人の研修生も声を出さない。怖くて会社には報告できなかった。
男性は入社直後から、上司にアイドルファンであることを冷やかされた。「気持ち悪いやつ」「いい年して」「おたく」…。会社中に言いふらされ、同僚にもからかわれた。
高速道路を時速100キロで走る研修中、上司がスマートフォンでアイドルの動画を再生し、耳に近づけてきたこともある。慌てて振り返り、脇見運転になった。
やがて頭痛と不眠に悩まされるようになった。研修中の恐怖や屈辱を思い出すと気分が悪くなる。入社からわずか半年後、不安障害で休職した。
「もう復帰は無理かも」
会社は上司のパワハラを認めて処分したが、復職支援はほとんどなかった。症状は続き、休職は延びていく。半年、1年、1年半。
男性が求める労災申請の協力も渋った。やむなく、仕事以外の原因で働けなくなると支給される傷病手当金で生活。休職が2年半に及ぶ頃、「もう復帰は無理かも」と退社した。
その後は職が決まらない。面接を受けてもメンタル不調やパワハラ被害で退職したことを明かすと反応が悪い。気持ちの浮き沈みが激しく、空腹なのに2日ほど食事ができないこともある。
「会社に戻れず転職もできず、体はこんな感じ。人生もう負け組です」。今は生活保護で日々をつなぐ。