※続きです
しかし、そう列挙されているだけで具体的な内容は一切書かれていない。
「高等学校国史教科書」も同じことである。
そのため、強く刺激された情緒が知識の媒介をほとんど受けることなく、身体にストレートに浸透するのである。
小学校でも同様に、日本によって民族が蹂躙された、奴隷のように扱われた、人間の尊厳に大きな傷を受けたといった形で反日教育が教室のなかで行なわれている。
幼い時期はより多感なものだから、「ひどすぎる」「絶対に許せない」という思いで心がいっぱいになる。
もちろんそれは人ごとではないからだ。
同じ血を分けた韓国人であり、お父さん、お母さん、お祖父さん、お祖母さんたちのことだから、自分がやられたのと同じ気持ちになってくる。
我が身を切り裂かれるような辛く苦しい気持ちになり、激しい怒りがこみあげてくる。
そうか、日本人はそんなに「侵略的で野蛮な民族的資質」をもつ者たちかと、心から軽蔑していくことになる。
これは歴史教育ではなく明らかな情緒教育である。
歴史認識以前に、反日情緒・反日心情をしっかり持つことが目指されているのである。
■侮日教育としての反日教育
一九六〇年代のことだが、小学校では「反共ボスター」をよく描かされた。
私たちが描く「反共ボスター」の絵柄の多くは、「鬼のような形相をした金日成が韓国を蹂躙する姿」だった。
いかに北朝鮮が怖い国かを描くことに力を入れたと思う。
私は全斗煥政権時代の1983年に来日するまで、金日成の写真も映像も見たことがなかった。
客観的な情報もいっさい知らされていなかった。自分が受けた教育からイメージした北朝鮮は、「悪の権化の金日成を頂点に諸悪を凝り固めてつくった国家」であり、人間らしい気持ちをもって生きる者が一人として存在しない世界であった。
金日成の姿は絵でしか知らされることがなく、その絵たるやいかにも凶暴な悪魔のように描かれていた。
私が日本で金日成の写真を初めて見て、「なんてハンサムで穏和な顔をしているのだろうか」と思ったものである。
「反日ポスター」も描かされたが、そのモチーフは北朝鮮のように「恐怖」ではなく、いかに日本は侮蔑すべき国かという「侮日」にあったと思う。
日本はどれほど卑しく野蛮な国か、韓国はどれほど尊く文化的な国かといったところに力を入れていたように思う。
それでも、当時の私たちが描いた「反日ポスター」は、現在のものほど下劣ではなかった。
子供なりに「愛国者」として持つべき品位が心されていたと思う。
2005年6月、仁川市の地下鉄キュルヒョン駅構内で、地元の小中学生による「獨島(竹島)問題」をテーマにしたポスター展があった。
子供たちのポスターは百枚以上貼られていたと思うが、それらを見て私は心から驚いた。
獨島問題がテーマなのに、大部分がテーマを大きくはみだしている。
悲しくなるほどの下品な絵や言葉で日本を貶め、日本人を侮蔑するものばかりだった。
たとえば、ウサギが日本に糞をしている絵柄があった。
韓国は国土の形からウサギになぞらえられているのだが、そのポスターでは中国・韓国・日本をカバーする地図が描いてあって、韓国の上に立ったウサギが中国の方に顔を向け、お尻を日本に向け、お尻から日本列島の形をした糞を出している。
そのほか、子供たちが日の丸を取り囲んで踏みにじっている絵、日の丸が描かれたトイレットペーパーを燃やしている絵、日本列島を火あぶりの刑に処している絵、「嘘つき民族日本人」を犬小屋で飼っている絵、核ミサイルを韓国から日本へ撃ち込んでいる絵など、まるで日本は交戦国であるかのようだ。
絵に付された言葉も、「日本の奴らは皆殺す」「日本列島を火の海にしたいのか」「日本というゴミ、捨てられる日はいつなのか」など、「なんでもあり」なのだ。
これら「反日ポスター」からわかることは、昔も今も韓国の小中学校では反日というより侮日教育をしているまぎれもない事実である。
韓国の教育界は、小学生のときからこうした教育を受けさせることで、伝統的な侮日観をしっかり身につけさせていこうとしている。
これによって、相手が日本人であれば、その言動は「倫理・道徳にもとろうとも構わない」という意識が植え付けられていく。
韓国の著名な小説家・翻訳家の李(イ)潤(ユン)基(ギ)氏も新聞コラムで、韓国では「相手が日本人ならば、ちょっとやそっとは無礼であっても構わない」が通念になっていると書いている(「日本人に対する礼儀」東亜日報2006年1月4日付)。
いや、「ちょっとやそっと」どころではない。実際には「どんなに」無礼であっても構わないのである。
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■唯一の観点からの歴史教育
歴史にはさまざまな観点があり得る―ことは、長い間私の意識のなかにはなかった。
歴史には一つの見方しかないと思っていた。
こういうと、お前はいったい何を勉強してきたのかといわれそうだが、日本に来るまでは正直にいってそうだった。
そういう私は、韓国人のなかで例外的な存在だったのではない。
一般の韓国人ならばほとんどがそう思っているのと同じように、私もまた歴史には一つの見方しかないと思っていたのである。
なぜかと思い返してみるほどに、韓国の学校歴史教育を受けてきたから、というほかにどんな理由もないと思える。
韓国の歴史教科書は、日本の歴史教科書とはその記述方法がまったく異なっている。
反日教育といっても多様な面があるのだが、日本統治下での土地問題がどんなふうに教えられているかを例に挙げてみたい。
韓国の生徒たちが学んでいくのは、朝鮮総督府が統治にあたって行なった土地制度の近代化を目的とする、土地の面積、所有関係、使用状況などに関する土地調査事業についての史実なのではない。
私が学んだ教科書でもそうだったが、最近の教科書でも「日帝は土地を奪うために…」という文言から書き始められている。
日本統治下での土地問題を学ぶにあたって、生徒たちが最初に頭に入れなくてはいけないのは、「土地調査事業は日帝が土地を奪うために行なったものである」と意味づけられた一つの観点である。
その上で、次から「現実の諸関係はどうだったか」を見ていく、という流れになる。
生徒たちが学ぶのは何よりもそうした一つの観点なのである。
つまり、歴史についての「唯一の正しい観点」を学ぶことが、韓国では歴史を学ぶことである。
そして、その観点から歴史的なさまざまな物事を理解していこうということになる。
ようするに、生徒たちはその唯一の観点に立って、そこから足を踏み外すことなく、歴史的な物事のあり方、性格、推移などを位置づけていく力を養いなさい,ということになる。
そういうわけだから、その唯一の観点とは別の観点で歴史を見ていくことは、歴史に対する見方の踏み外しだということになる。
個々の歴史事象については、その学び取った観点から光を当てることによってだけ意味をもつものとなる。
したがって、「土地所有を近代的に整理する」という朝鮮総督府の政策は、「土地を奪うための口実」として意味づけられることになる。
「日帝は土地を奪うため」が土地調査事業の真意なら、その「収奪」はとてつもなく過酷なものでなくては意味をなさなくなってくる。
そうであれば、朝鮮総督府の資料に基づいて知られる「朝鮮総督府が接収した農地は全耕作地の3%」という数字は余りにも少なすぎるため、とうてい採用することはできない。
採用すれば観点そのものが崩れてしまう。
そこで教科書では「40%の土地を奪った」とするのである。
この数字の根拠は不明で,「日帝は土地を奪うため」という観点との整合性をもたせるための数字だというしかない。
数字の出所や計算方法は、教科書ではまったく示されていない。
■民族主義教育としての反日教育
反日教育は反日民族主義教育として本格化される。
その第一の前提におかれるのが、「生来の野蛮で侵略的な資質をもった日本民族」である。
この日本民族の性格は、日韓関係の歴史を次のようにとらえる歴史観から導き出されるものだ。
韓国は文化も何もなかった時代の日本に、儒教・仏教・技術をはじめとする高度な文化を伝えてあげた。
にもかかわらず日本はその恩を忘れ、古代には「神功皇后による三韓征伐」や「任那日本府(日本による朝鮮の植民地)」があったなどの捏造記事を国史に記載し中世には豊臣秀吉による朝鮮侵略が行なわれ、近世末には国学者らにより韓国征伐論が唱導され、明治初期には政府内に征韓論が火を噴き、韓国の江華島に砲撃を加えて戦争を仕かけ、明治末に韓国を併合して36年にわたる暴力的な支配を行なった―。
このように歴史を連続させ、この流れを一連のものとみなして、その根本的な原因を「日本民族の野蛮で侵略的な資質」に求めるのが、韓国の反日民族主義史観である。
これが反日教育の柱となる。
日本民族というのは、そもそもからして野蛮な侵略者だったという考えが、なぜ出てくるかというと、古くからの朝鮮半島諸国には、日本を蔑視していた歴史があるからである。
なぜ日本を軽蔑したかというと、朝鮮半島諸国が奉じた中華世界では、華夷秩序(かいちつじょ)が正しく善なる世界システムだからにほかならない。
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世界の秩序は「文明の中心=中華」と「その周辺の感化・訓育すべき対象としての侵略的で野蛮な夷族」で構成される、というのが華夷秩序の基本的な世界観である。
中華世界の中心にあった中国とその忠実な臣下だった歴史的な朝鮮半島諸国は、日本という国を千数百年にわたって、「その周辺の感化・訓育すべき対象としての侵略的で野蛮な夷族」とみなし続けてきた。
韓国の日本観の根本にあるのは、こうした歴史的・伝統的な意識体験に由来する侮日観なのである。
道徳的に優れた上の者が、道徳的に劣った下の者を、常に訓育・感化していかなくてはならないという儒教の考えが侮日観を形づくっていて、これが韓国の対日民族優越意識の根本にある。
さらに韓国には、自らこそ中華の正統なる継承者であるという小中華主義の誇りから、潜在的なエスノセントリズム(自民族優越主義)がある。
そのため、対日民族優越意識がいっそう強固になっているといってよい。
竹島問題にしても、國神社をめぐる問題にしても、慰安婦問題にしても、我々が文化を与えてきた、本来は我々の下に立つべき日本人が、我々を下に見て、我々をばかにしていると、そういう感覚からの反発が第一となっている。
そもそも民族主義とは、戦後に独立したアジアやアフリカ諸国の民族主義をみても、まずはエスノセントリズムから出発したといえるかと思う。
かつての西洋にも、これを拡大した白人優越主義があった。
我が民族は他民族に優越する優秀な民族だというエスノセントリズムは、民族国家の出発に際しては多かれ少なかれどこにもあったものだ。
それを秘かに思っていようと、常に公言していようと、初期の民族主義成立にはそういう自民族優越主義の要素が不可欠だったと思う。
しかし韓国の民族主義はそこから一歩も進まない。なぜかというと、民族主義の内容が反日と結びついた反日民族主義だからである。
反日なくしては韓国の民族主義が成り立たない。
反日の理念を核に国民国家の意識を形成してしまったのが韓国である。こんな国は他に例がない。
結局のところ、韓国の反日民族主義の根は日本を蔑視してきた歴史にある。
日本統治時代への恨みが反日の根拠となっているのではない。
日本が韓国を統治したというのは、そういう蔑視すべき民族がもたらした結果であって、日本統治を原因として日本蔑視の反日民族主義が興ったのではないのである。
■来日2、3年目にぶつかる壁
学校教育で身に付いた、反日感情に裏打ちされた反日意識は、成長するに従い、社会的・国民的なコンセンサスとしてあること、韓国人ならば誰もがもつ常識であることを自覚する。
異議・異論と一切出会うことがない社会環境で、疑問の余地なく韓国人としての自分のアイデンティティとなっていく。
こうして私は、「反日心情・侮日観」と「唯一の正しい歴史認識・反日民族主義」の混合体を強固に抱えもつ、「新世代の韓国人」へと成長していった。
私は小さい頃から、島から半島へ、半島から世界(欧米)へという志向が人一倍強かった。
男尊女卑の強い韓国社会を脱して世界に羽ばたきたかった。
そこでアメリカへ留学したいと思ったが、当時の韓国ではアメリカのビザ取得はきわめて困難だった。
そのため、まず何人かの親戚も生活する日本へ留学し、日本を足場にアメリカへ渡ろうと思った。三十数年ほど前のことである。
日本へ留学する数カ月前、たまたま機会があって、韓国のキリスト教教会の関係で、日本の老人ホーム慰問団の一員として初来日を果たした。
1982年12月から翌年の1月にかけての短い期間だったが、そのときに私が体験した日本は、韓国にいるときにイメージしていた日本とはまるで違っていた。
日帝時代を頑迷に反省しない日本人―決して許してはならないと強く思っていた私は、どこへ行っても優しく親切な日本人に触れて、大きく肩透かしをくった感じがした。
わずかに触れた日本の生活風習も、私にはとても好感のもてるものだった。
駆け足での体験とはいえ、滞在した一カ月の間、悪い印象はまったくなかったことは大きなショックだった。
きわめて驚くべきことであった。
私がはじめて知った日本は、そのようにとても印象のよいものだった。
反日意識に変わりはないが、「これなら、それほど緊張することなくやっていけそうだ」という感じをもてた。
いや、表面だけではわからないぞ、とも思うのだが、帰国した私は気を昂らせながら日本へ渡る留学手続きに奔走した。
留学生ビザを手に日本にやって来たのは1983年7月のことだった。
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留学生として、また仕事関係で日本に長期滞在する場合、ほとんどの外国人、とくに韓国人や中国人は、来日1年目はとてもよい印象をもつものである。
韓国人には多かれ少なかれ、日本人=未開人、野蛮な人たちというイメージがある。
しかし、実際に日本人と付き合ってみると、誰もが親切で、優しくて、思いやりがあって、未開人的な、野蛮人的な日本人はどこにもいないではないか、日本はなんて素晴らしいのか、ということを誰もが感じる。
なんといっても、日本は自然が美しい。そして、空気がきれい。しかも、治安がすこぶるよい。
とくに反日意識が刺激されることもなく、こうした日本の良さを感じながら、最初の一年は楽しく過ごすことができるのが普通だ。
しかし1年が過ぎて、もう一歩踏み込んだ付き合いをすることになる2年目、3年目になると、多くの韓国人は日本人がさっぱりわからなくなる。
価値観が違うし、善悪の考え方も違う、日本人の精神性、メンタリティーがどうにも理解できないことになってしまう。
人によって、程度の差はあるけれども、だいたい2年目、3年目で落ち込んでしまう。
もはや日本人は人間ではないとまで思う人たちもいる。私もそう感じて深刻に落ち込んでしまった。
同じ人間なのに、日本人はなぜこうなのか、日本は人間が住む社会ではないとまで私は落ち込んでしまった。
日本人は我が国を貶めてきただけに、やはりおかしな人たちだったのだと思うようになっていく。
実際には、本格的な異文化体験がはじまったということなのだが、異文化ゆえの異質性が、根にある反日意識と結びつき「人間としておかしい」といった感覚的な判断を生じさせてしまうのである。
その典型を、日本に2年半滞在して韓国に戻った韓国人の女性ジャーナリストに見ることができる。
彼女は、帰国して書いた本で「日本に学ぼうという声が高いけれども、日本のような国には絶対学んではいけない」、なぜかといえば、日本人は異常な人たちだからだ、というように書いている(田麗玉「日本はない」、日本語版「悲しい日本人」)。
どんなことから、彼女は日本人は異常だというのか。たとえば彼女は、「日本人の割り勘は、その場限りで人間関係を清算しようとする冷たい心の現れだ」と書いている。
ことごとくが、2年目、3年目でぶつかった、異文化ゆえの習慣の違いや価値観の違いに関わることなのである。
それが反日意識と結びつくため、すべて日本人の「悪意の現れ」としてしまうのだ。
私も2、3年で韓国へ戻っていたら、彼女と同じ考えのままだったと思う。
そこには、自民族の文化を価値規準にして、他民族の文化、生活習慣、思考様式、行動形態などを、みっともない、不合理だ、間違っている、劣っているなどと否定する傲慢な態度がある。
自文化の価値体系こそがどこよりも正当なものであり立派ものだと頭から信じられている。
その弊害は、自分に都合のよい空想をもって現実を見ようとはしないさまざまな面に現れてくる。
■「反日」という「バカの壁」
韓国の「反日」は「反日心情・侮日観」と「唯一の正しい歴史認識・反日民族主義」の混合体である。
そのように完成された一つの固定した考え、揺るぎのない考えである。
一つの固定した考え、完成された考えにはその先がない、未来がない、そこが終局の地点となっている。
だから相手の考えを耳に入れる余地がない。多角的な視点から物事を見て判断することができない。
自分のいやな事、知りたくない事、興味のない事を無視しようとする。
そういう相手には、いくら誠意をつくして話しても、わかってもらえることがない。
なんとしても「話せばわかる」ことにはならないのである。
ようするに「反日」は一つの硬直した固定観念であり、それが養老孟司氏がいうところの、自分の思考を限界づける「バカの壁」となっているのだ。
そのため話が通じないのである。
来日2年目、3年目にぶつかる壁が「バカの壁」だとは、誰も容易に気づくことができない。
そこで私のように落ち込んだり、「日本人は人間ではない」とまで思うことになってしまうのだ。
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「反日」を脱するとは、この「バカの壁」を超えることにほかならない。
簡単にいえば、柔軟に、多角的に、相対的に物事を見て判断する、といったことになるだろうが、これが韓国人には実に苦手なのである。
たとえば、人は現実社会のなかで、家族関係、友人関係、先輩・後輩関係、集団関係など、さまざまの実際的な人間関係の体験を通して、自分なりの物事への対処の仕方を身につけていく、という考えがある。
それに対して、人には本来的な人間のあるべき姿があって、これを目標に社会のなかでさまざまな物事を体験することによって、正しい物事への対処の仕方が自分のものになっていく、という考えがある。
日本人の多くは前者のように考え、韓国人の多くは後者のように考えている。
仮に前者を実際主義、後者を理念主義と呼べば、実際主義では「現実的な人間関係」が先にあり、理念主義では「理想的な人間像」が先にある。
この「理想的な人間像」が「バカの壁」となっているのが韓国人である。
また、多くの日本人は、善悪・正邪は相対的なものだという。
しかし多くの韓国人にはどんな場合も変わることのない絶対的なものである。
だから、善悪・正邪は時々で異なるものだといった日本人は「人間ではない」とまで思えてしまうのだ。
倫理・道徳も韓国人にとっては相対的なものではない。人間ならば絶対に守らなくてはならない真理である。
しかし多くの日本人は、倫理・道徳は大切ではあるけれど、それは「時・場所・場合」によるもので、普遍的にあてはめて説くべきものではない、倫理・道徳を説く理念は立派なものだが、それは第一に優先されるべきものではない、と考えている。
韓国人の場合は、「倫理・道徳」は完璧で揺るぎのない「バカの壁」となり、自分自身の心を縛ってしまうのである。
多数の韓国人が、来日2、3年でぶつかる壁を越えられない。
だが、そこをなんとか乗り越えて、5年ぐらい居座っていると、異文化としての日本が見えてくる。
だいたいは日本のよさが理解でき、日本が好きになっていく。私もそうだが、そういう韓国人が多いのは確かである。
それでも「反日」だけは抱え続ける人もいる。そこでは反日意識と親日感が同居する。
「公的(理念的・外面的)には反日、私的(実際的・内面的)には親日」というようになっていく。
現在のように情報が自由に飛び交い、日韓交流が盛んな時代では、韓国に居ながらにして「公的には反日、私的には親日」という人が大部分といってよい。
「反日」をひとたび棚上げにしさえすれば、韓国人の誰でも日本人と親密に付き合える。
国交という面でいっても、かつての日韓関係でも日中関係でも、できる限りそう処して付き合おうとしていた時代があった。
しかし、そのままではやがては限界がくる。現在の最悪ともいえる日韓関係が如実に物語っている。
■物事への相対的な視線の大切さ
知識人であればあるほど、「反日」から抜け出ることが難しいようだが、人それぞれの脱し方があると思う。
私の場合を振り返ると、そこには大きく三つの契機があった。
一つには、来日3年目で最も落ち込んでいた頃、「郷に入れば郷に従え」を徹底的に実践してみようと思い立ったことである。
たとえば、日本人好みの渋みある茶碗。「あんなもののどこがそんなにいいのか」と蔑む気持ちがあった。
そこで「韓国人好み」をひとまずカッコに入れて、そうした茶碗を次々に買い求めていくことにした。
そのうち収集が趣味ともなって、大きな楽しみになっていった。習慣・価値観・美意識などを含めて、そうしたことをやっていった。
直接「反日」とは関係ないが、先に述べた「日本人は人間としておかしい」という感じ方が崩れていく大きなきっかけとなった。
二つには、日本人ビジネスマンに韓国語を教え、韓国人ホステスやビジネスマンに日本語を教える語学教師を数年間やったことである。
そこでは、否(いや)が応でも日本人からは韓国人との行き違いの悩み、韓国人からは日本人との行き違いの悩みを、さんざんに聞かされるのである。
韓国人ホステスたちの悩みは、日本人の彼氏との悩みが多く、また結婚している人もいて、彼女たちは日本人家庭での嫁姑の問題で悩んでいる。
日本人ビジネスマンの悩みは、会社を背負って韓国に仕事に行ったが、どうにも勝手が違うので交渉事がはかどらない、仕事の手順が合わない、といったものが中心だった。
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※続きです
聞けば聞くほど、私が悩んでいたことそのままである。
嫁姑の問題やビジネスの問題を超えて、そこには共通の日韓の「行き違い問題」が伏在していることを知った。
韓国人は、自分の行動や思考をよしとする一方で、日本人をおかしな人たちと見ている。
それにまったく匹敵する程度で、日本人も同じように韓国人をおかしな人たちと見ている。
日本人と韓国人は、実に合わせ鏡のような相互関係にある。いや、あるというよりは、そこへと無意識のうちに落ち込むのである。
私が美しいと思えないものを、なぜ日本人は美しいと思うのか―。
それは私のテーマであり、また私の語学教室の韓国人生徒たちの切実なテーマでもあった。
韓国人ホステスたちと日本人ビジネスマンたちの時間の都合から、私は主に、昼は韓国人に日本語を、夕方からは日本人に韓国語を教えた。
この行ったり来たりが、おそらくは日韓をめぐる物事への相対的な視線を養わせたのではないかと思う。
■「反日」からの脱出
三つには、日韓ビジネスコンサルタント会社でアルバイトをしていた関係で、仕事で韓国とつながりをもつ人たちが行なっていた勉強会に参加したことだった。
メンバーは、大企業の幹部社員、弁護士、弁理士など、そうそうたる第一線のビジネスマンたちだった。
勉強会では、まずはみなでそれぞれ自分の韓国での体験を話す。最初は一様に韓国のよさをほめている。
しばらくすると、しだいに韓国の悪口が出はじめ、会のなかごろからはいっせいに韓国と韓国人への猛烈な批判が展開されるようになる。
彼らの舌鋒は私の存在にまったく頓着することのない、実に厳しいものだった。
もちろん歴史認識の問題についても、領土問題についても、國問題についてもである。
私はしだいに腹が立ってくる。
しかし「感情むき出し」といわれる韓国人の弱点はみせまいと、必死にがまんをして、できるだけ冷静に反論するようにしていた。
それでも時折、大声を張り上げて反撃することは少なくなかったと思う。
現在からすればとても信じられないかも知れないが、私が日本にやって来た1980年代当時は、韓国に厳しいことをいう日本人はきわめて少なく、総督府の朝鮮統治についても、韓国の主張と真っ向からぶつかるような議論はそうそう見られなかった。
日本の有力紙が、北朝鮮へのシンパシーを記事の中で示すのも珍しいことではなかった。
朝鮮半島をめぐる言論環境は、当時と今とでは大きく違っていたのである。
そうした状況で、知韓派日本人から遠慮会釈もない徹底的な「韓国批判」を突きつけられることなど、あり得ない希有な体験だったと思う。
よくあるように、彼らが「日本人は韓国人にひどいことをしたね」とばかりいう人たちだったなら、間違いなく今の私はなかったと思う。
勉強会を通して、韓国では日本の朝鮮統治を、自民族に固有にふりかかった災難という観点だけでとらえ、人類史的なテーマとして植民地化の問題を追究する姿勢がまったく欠落していることを思い知らされた。
欧米の研究者でも、日本の統治をおおむね「善政」とみなしている論者が大部分であることを知った。
欧米人のなかにすら、日本の戦争を、アジア諸国の植民地からの解放と独立に一定の役割を果たしたと評価する考えがあることを知った
韓国にいた時分の私は、世界にこれほど多様な観点があることなど、思っても見なかったのである。
この勉強会で私は、「これは真剣勝負なんだ」と自分自身にいい聞かせ、彼らと正面から向き合っていったと思う。
その体験を通して、それまでの自分の歴史認識を見直していく方向への道が、しだいに開かれていったのは確かなことだった。
私の体験はかなり特異かもしれない。しかも三十年を遡る時代のなかでの体験である。
それでも「来日2、3年でぶつかる壁」は現在のものでもあり、この壁との激突の内に、反日からの脱出可能性が秘められていることは、示すことができたのではないかと思う。
現在の日韓関係がぶつかっているのも、まさしくこれと同じ性質の壁なのである。
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■お・そんふぁ
1956年韓国済州島生れ。志願して4年間の軍隊生活を送る。昭和58年大東文化大学に留学。
平成6年東京外国語大学大学院で修士課程修了。
同年から執筆活動を始め、日本で働く韓国人ホステスを取材した『スカートの風』がベストセラーに。
新潟産業大学非常勤講師、拓殖大学客員教授を経て同大国際学部教授。
『攘夷の韓国 開国の日本』で8年に第5回山本七平賞。
日韓関係や韓国の民族性などについて客観的な論評を続ける。
現在は日本国籍。客観的な論評が「反韓的だ」と19年以降、韓国から度々入国を拒否されている。
『韓国併合への道 完全版』『「見かけ」がすべての韓流』『日本浪漫紀行 風景、歴史、人情に魅せられて』『漢字廃止で韓国に何が起きたか』など著書多数。
近著に『「反日韓国」の自壊が始まった』(悟空出版)。
※別冊正論23号「総復習『日韓併合』」 (日工ムック) より転載
※以上です
さすが知れば知るほど嫌いになる国の国民
「コレが長年、清(中国)の属国で辱められた賜物ですか?」
Yesです。
・朝鮮は清国に細かく定められた貢品を出す以外に、-中略-各地の美女3000人を選り抜いて貢がなければならない。
これのせいで近親相姦を繰り返した結果現代人に比べDNAの発達が千年遅れているらしいです(学会で出た結論、ガチ)。
韓国人には恥という概念が無い
・韓国人にとって弱者とは獲物か成りすますと便利なもの
・韓国人にとっての情とは身内びいきとぐるになった詐称のこと
・韓国人にとって歴史とは捏造し作り変え、他国に押し付けるもの
・韓国人にとって誇りとは金で買ったり偽造したり言い張ったりするもの
・韓国人にとって恩とは無視するかあだで返すもの
・韓国人にとって借りたらそれはもう自分のもの
・韓国人男性にとって女性とは「同胞子ども老人血縁者」関係なく性欲のはけ口
★韓国の事情 『惨めな属国だった歴史を隠したい』
朝鮮民族の民族気質を簡単に説明するには、朝鮮人の名前が「金(キム)」や「朴(パク)」などのようにワンパターンになった理由を説明するのがわかりやすい。
1.朝鮮人は長い間中国の属国として低い身分にあったため、低い身分の者や貧困者、弱者、ひいては身障者などへの虐待を「下の者が下に見られるのは仕方のないこと、上の者が下の者を見下すのは当然のこと」と考える民族的傾向が定着していた。
屈辱を「当然」と考えなければ精神的に乗り越えられないほど、千年の隷属というのは長かった。
2.朝鮮は虐げられる者の反動として、より低い者を虐げる「貴族社会」が長く続いた。
そのため、家系が悪ければ努力はほとんど無意味だった。
貴族が裕福なのも、奴隷が貧しいのも、生まれた家に決定された。
3.やがて低い身分にある者が「自分の先祖は名門だった」と思いたくなり、いつしか「偽の家系図を買う」または「家系図を書き換える」ことで底辺で虐げられる身分から一発逆転を果たすことが流行してしまった。
4.その結果、皆が「限られた同じ名門(両班という)の名前」になり、形の上では皆が同じ名門の家系出身の者ということになった。
逆に底辺(白丁という)の出身者は歴史の闇へと消えていった。
現在、どの韓国人に聞いても「私は由緒ある両班の出身だ!」と答える。
今はもう白丁の子孫であってもその自覚すらなくなっている。
ここで朝鮮人の民族特性をまとめ直すと、まず、『誰よりも“過去や先祖”を誇りたがる民族』であるということ。
民族の成り立ち上、醜い過去に対するコンプレックスが強いのである。
そして『努力せずに嘘や小細工で勝ち組になれることに味をしめた民族』であるということ。過去の歴史を書き換えることで名門になることができた国の人々なのである。
このような性質を持つ彼らには、朝鮮民族の歴史はあまりにも惨めすぎた。
つまり痛々しすぎて自分たちの過去を振り返るのが苦痛なのである。
それゆえ、独立した後に“民族意識を高めるための愛国教育”として、『我が国は5000年間一度も他国に支配されたことの無い独立国である』
という“偽りの栄光の歴史”をあたかも真実のように国民に教え込むことにしたのである。
これが韓国の愛国教育の成り立ちである。c
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●世界正義の国、韓国が何故苦境に陥ってるのか一目で解る状況説明
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現在の韓国のスワップ相手国
中国 3600億元(6兆4000億円) 「元通貨」 2017/10まで延長 → 2017年10月10日まで
インドネシア 100億ドル相当(1兆2千億円) 「ルピア通貨」 2013/10締結 → 2017年3月5日まで
オーストラリア 50億豪ドル(4600億円) 「豪ドル」 2014/02締結(期間3年) → 2017年2月22日まで
UAE 54億ドル相当(6400億円) 「ディルハム通貨」 2013/10締結 → 2016年10月12日 延長無し期限切れ
マレーシア 47億ドル相当(5600億円) 「リンギット通貨」 2013/10締結 → 2016年10月19日 延長無し期限切れ
韓国がスワップ拒否された相手国
米国 「ドル通貨」スワップ拒否される
日本 「ドル通貨」スワップ延長無し ← ※日本に対してだけ何故か円じゃなくて直接ドル要求の甘え
英国 「ポンド通貨」スワップ拒否される
ドイツ 「ユーロ通貨」スワップ拒否される
フランス 「ユーロ通貨」スワップ拒否される
オランダ 「ユーロ通貨」スワップ拒否される
ロシア 「ルーブル通貨」スワップ拒否される
カナダ 「加ドル通貨」スワップ拒否される
メキシコ 「ペソ通貨」スワップ拒否される
ブラジル 「レアル通貨」スワップ拒否される
他国の殆どが逃げだしている中、この状況で続ける方が疑問が残る
日本は左翼思想にかぶれた世代があと10〜20年で激減するからまだまし。
韓国人は、若い世代ほど反日思想・親北左翼思想による洗脳が徹底してるから
今でさえ十分おかしいのに、これから更にどんどんおかしくなっていく。
うっとうしいけど、楽しみでもある。
色々あるが結局
韓国人の反日侮日宗教が根底にあるからこれをなんとかしないと日本人と韓国人は分かり合えないと書いてるが
我々は朝鮮を教育するのは併合時代で諦めたんだ
原因を説明されても我慢して乗り越えてく気は無いんで
変わりたければ朝鮮人内でまず変えていってくれ
国交断絶でもやむなし そして日本ナシでどこまで発展できるか 大口叩いてきたんだから証明して見せてくれ
韓国の反日はこれからますます過激いびつになっていくから、日本人とまともに付き合うのはもう無理だろうな。
日本としてはできるだけ関わり合いにならないようにするしかない。
そして反日ゆえに無理に関わって来ようとしたら徹底的に叩き潰すしかない。
嫌いなものに対してはだいたい無視か攻撃の二種類だけど、韓国人は後者を選択することが多いから日本人は気を付けないと。
とにかく、足引っ張ってくるからな。
朝鮮人は有史以来ずっと奴隷の歴史しかなく、何の栄光も誇りもなかった
常に周辺国に蹂躙され無様に頭を下げ続けてきた奴隷民族だった
反日がなければ崩壊する国家。
反日教によって統治されているある意味神権政治
中国共産党が中国人に「朝鮮人は有史以来中国の属国奴隷だった」
という歴史教育をしてるから、
近い将来南朝鮮の捏造自尊史観と中共の属国朝鮮史観との対立が激しくなるよ
日本は
モンゴル帝国、ロシア帝国、清に勝ってるし
シンガポール陥落等の局地戦で殆どの欧米列強に勝った経験がある
対米戦以外は日本は栄光の歴史しかない
民主化以降の反日は
北に利用されていたからな。
おかげですっかり制御不能よ。
北の老獪さは一日の長がある。
南はファビョるしかないw
シンシアリさんも日本に移住して、日本人になる積もりらしいね。
韓国人は、地球から出て行け
いっそ半島ごと無くなれば良いのに
今はネットで情報の壁が壊れかけているから、10年くらい前からの若い日本人が
ネットde真実を経て極端なネトウヨに覚醒してから方向修正していったように
韓国でも徐々に意識変化あるかなと思っていたけれども
この期に及んで文を大統領に選んでしまうんだからなぁ
呉善花さんって、安倍総理に晩飯招かれ
たらしいね
まぁまぁ、日本にとっては貴重で強力な
戦力でしょうね、マジで
呉は韓国では日本人がでっち上げた架空の人物とされていたんだよな。ところが本人が出てきて今度は日本人に洗脳されたかわいそうな人になった。
■■古代半島には満州から南下した「高句麗」に「新羅」、倭国と親密な関係のあった「百済」に倭国直轄「任那」、また日本海沿岸に「渤海」と多様な民族国家が成立していた
■しかし10世紀前半に半島付け根の「●白頭山」が大噴火を起こし「渤海」や「新羅」が壊滅に
古代半島の文化や民族も壊滅的打撃を受ける
■同時に中国「唐」も滅んだ事から「シベリア遊牧異民族」が大量に南下しだす
契丹に女真にウイグルやツング―ス系民族がうようよ南下
■■中国は「五代十国」時代に突入し、半島は「後百済」「後高句麗」を造るがあっという間に崩壊
■■そこへ13世紀に「●モンゴルの高麗侵攻」とともに「◆漢字」と「◆仏教」を理解しないシベリア「●ツングースエ便器」がアリラン歌いながら大量南下したもんだから、わけのわからん混血民族化が毎日毎日「試し腹」!食い物はトナカイの代わりになんと「●犬肉」
■やがて14世紀末に李氏「●朝鮮民族」が誕生する
尚、染織と車輪作れずにいたるところにト―テムポ―ル打ったてて「ウリたちの土地ニダ!チャンコロ皇帝が認めたニダ!」
■そして偉大な「大韓民国」と偉大な「朝鮮人民共和国」、元パスパ文字をちょろまかした「●ハングル」に「チチチョゴリ」「白菜の唐辛子漬け」と米国装甲車「●少女慰安婦像」に核弾道パチンコ遠隔操作「●テポドン」が誕生する
■偉大な5000年歴史ニダ
■世界5大文明ニダ
■日帝は20万を慰安婦にして虐殺したニダ
■ウリたちは世界最強の永遠最古のたかり民族ニダ!一応読んだニダ!ウリたちは「人間」になれなかったニダ!ウリたちは寄生虫ニダ!だから日本に「嫌がらせ」をして「たかる」ニダ!それが寄生虫の生き方ニダwww!
韓国文化=反日文化
両班以外は、人間じゃない・・と言ってた両班たち
その奴隷文化の歴史を誤魔化すには反日しかない。
馬鹿の壁 という、ポピュリズムで朝鮮人の歴史認識不能性を濁してはいけない。
まず、朝鮮の本質には根本的問題として、封建社会における徹底的な愚民化政策がある。
朝鮮人をこれから解放したのは、他でもない日本による統治である。
だが、日本は異郷の異質な愚民化封建制の本質を理解できていただろうか?
解放に反抗したのは、他でもない人民を奴隷化し収奪の対象としていた中華系貴族及びその官僚、両班だということ。
でも、宗主国自体の凋落と植民地化を知るなら、これに抗う意味は無く、
理解力知恵のある階層は保身で志願兵か、金を持ち出せたものは国外逃亡を選んだ。、
これは、共産党革命であれば、死罪になる階級である。 そして今も支配層。
日本の王政復古の誇りは無血開城に有るが、朝鮮の事情にはこれが正しい選択とは言えない。
元以降の愚民化が祟り世界の植民地となった中国の属国に無血開城の封建制解消は無理だった。
現在の韓国人のほとんどが両班の血統という間抜けな状況が何を意味するかが解る。
この状況は、もはや馬鹿の壁などという、学習によって解消できる障壁とは言えない。
嘘が捏造を創り、自己矛盾と自国への怨恨は反日で誤魔化す以外にアイデンティティーは保てない。
革命らしい革命、戦争らしい戦争を民族の意志において為す知恵も勇気も無かった結果が
投資と開拓によって半島に近代化と労働教育機会、日本に対する恨みである。
アメリカ合衆国は、植民地投資と開拓で発展し独立した。
東南アジア各国も同じように、先進国の植民地投資から独立の道を選んだ。
韓国人は霊的に生まれ変わる必要が有る。
反日マトリックスから抜け出たか。こりゃ韓人エージェントに消されるぞ。
まぁ韓国人には相対性理論は理解出来ない。
当然物理学が理解出来ないのでノーベル賞も不可能。
長い・・・
が
知ってる人には当たり前の基礎知識みたいなもんを知らん人にもわかりやすく書いてるのだけなので、
長くてもスラスラ読める。飛ばしてもそこに何書いてるか解かる。
こんな読みやすく書ける人もいるんだねえ
けど悲しいかな、国家レベルでのバカをバベルの塔の如く築き上げてしまってるから
一人洗脳解けた所でムリだと思う
日東壮遊歌を韓国の教科書にしろ。
実際には韓国のほうこそ野蛮で劣った格下の弱小国だと理解すべき。