今月15日、中国共産党政権内の重要な人事異動が発表された。重慶市共産党委員会書記だった孫政才氏が職を解かれ、貴州省共産党委員会書記だった陳敏爾氏が後任に充てられた。
問題となったのはその解任の仕方だ。通常の人事異動の場合、前任者が解任されるのと同時に「別途任用」と発表されるのが慣例である。だが、孫氏の解任を伝える新華社通信のニュースにはこの“慣用語”がない。しかも孫氏は陳氏への引き継ぎの場に姿を現すことなく、解任後は姿を完全に消していたが、その後、公式に失脚が確定した。
2012年11月開催の共産党第18回党大会において49歳の若さで政治局委員に抜擢(ばってき)されたとき、孫氏は「ポスト習近平」をめぐる共産党次世代指導者候補の一人と目されていた。突如の失脚の背後に何かあったのか。
孫氏の失脚によって利益を得たのは誰かを考えてみるのが、失脚の理由を探る方法の一つである。利得者としてまず挙げられるのは、習近平国家主席その人である。
孫氏の後任となった陳氏は習主席の子飼いの幹部で腹心の一人であることは広く知られている。重慶市党委書記は慣例によって政治局委員となるから、孫氏の後を継いだ陳氏は、共産党中央委員会の平委員から政治局委員への昇進が確約された。孫氏を排除したことで、習主席は子分を政治局に送り込むことに成功したのである。
こうしてみると、重慶市の人事異動に習主席の意向が働いたことは間違いない。だが実は、孫氏の失脚で、心の中で笑っている人たちが他にもいるはずだ。その人たちとは、胡錦濤前国家主席と、その子分である広東省共産党委員会書記の胡春華氏である。
前述の第18回党大会において、孫氏と同様の49歳で同時に政治局委員に抜擢されたのが胡春華氏だ。その時、政治局の中で40代の若さを誇ったのは孫氏と胡氏の2人だったから、その時点から2人が共産党次世代指導者候補となったのと同時に、ポスト習近平への後継者レースにおける競争者ともなった。
胡春華氏は胡錦濤前国家主席の子分として、共青団派の若手ホープであるとの立ち位置が明確であるが、孫氏は共青団派とは縁もゆかりもないし、習主席の派閥の人間でもない。1990年代後期から2000年代初期まで、江沢民派重鎮の賈慶林氏が北京市党委書記を務めた時代、孫氏は北京市の幹部としてその下で長く奉職していたから、彼の背後にあるのは江沢民一派であると推測できよう。
しかし習近平政権になって、腐敗摘発運動が強力に進められている中で、主な標的とされた江沢民一派がほぼ一掃されたから、江沢民派の系列に連なる孫氏の失脚はむしろ当然の結果。そして孫氏の退場は、前述の胡春華氏にとってこの上なくうれしいニュースであるに違いない。ポスト習近平への後継者レースにおける最大のライバルがこれで消えてくれたからだ。
その一方、今年5月4日掲載の本欄が記したように、習主席は胡春華氏がトップを務める広東省党委員会と政府に「重要指示」を下してその仕事ぶりを評価したことから、その時点で胡氏はすでに後継者レースにおいて一歩前進した。そして今、孫氏が消えた後、胡氏は政治局委員の最年少者であり、ただ一人の50代となったから、今年秋の党大会での政治局常務委員昇進はほぼ確実である。
こうしてみると、今度の孫氏解任劇は、習主席と胡錦濤一派が手を組んで仕掛けた、江沢民派への最後の一撃であるのと同時に、勝ち組の両派による「ウィン・ウィン関係」作りの実演でもあった。秋の党大会で誕生する新しい最高指導部はほぼ確実に、習主席一派と共青団派との「連合政権」となる見通しだ。
◇
【プロフィル】石平
せき・へい 1962年、中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒。88年来日し、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活動に入る。『謀略家たちの中国』など著書多数。平成19年、日本国籍を取得。
http://www.sankei.com/world/news/170727/wor1707270005-n1.html
20カ国・地域(G20)首脳会議で会談したトランプ米大統領(左)と中国の習近平国家主席=8日、ドイツ・ハンブルク(AP)