私が韓国・北朝鮮研究をはじめて40年、拉致被害者救出のための国民運動に参加してから20年がたった。その経験からして今、戦後日本は北朝鮮問題で未曽有の危機を前にしていると断言できる。
その意味で安倍晋三首相が今回の総選挙で「国難突破」と訴えていることは理解できる。いや、もっと強く危機を訴えるべきなのにそれが足りないという印象だ。
≪自己防衛の本能を失った日本≫
わが国の歴史を振り返ると、朝鮮半島が反日勢力によって統一されたときには、いつも重大な安全保障上の危機がやってきた。この地政学的危機意識をわが先祖は本能的に持っていた。
ところが戦後、わが国は自己防衛の本能を失っていった。金日成による韓国への奇襲侵略はわが国安保を大きく脅かした。しかし、危機感を持ったのはわが国よりも米国だった。
先祖伝来の危機意識が働いていたなら、そのとき国軍保持を明記する憲法改正を行うべきだったが、そうはならなかった。その後、今日まで半島を全体主義勢力から守るのは米軍の責任で、わが国は与えられた平和の中で経済的繁栄だけを追求すればよいという無責任な思考が跋扈(ばっこ)し、本能的危機感が廃れてしまった。
しかし、米国はかつてのように「世界の警察」の役割を果たさなくなった。トランプ大統領が主張するように、米国も自国の利益を第一に考える普通の国になった。トランプ政権は北朝鮮のテロ政権が米本土まで届く核ミサイルを持つ直前まで来ていることに危機感を募らせ、軍事的手段を含むすべての方法を使ってそれを阻止すると言い続けている。
≪目前に迫る軍事攻撃の決断≫
一方、北朝鮮の独裁者・金正恩氏は、核ミサイル開発をやめることはないと繰り返し公言している。8月と9月に国連安全保障理事会が決めた経済制裁は彼らの外貨収入の大部分を奪う厳しいものだが、それが効いてくるまでには少なくとも1年くらいかかる。
だからこそ金正恩氏は核ミサイル開発を急いでいる。米本土まで届く核ミサイルを完成させるためには核実験を1回以上、大陸間弾道ミサイル(ICBM)と潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射実験を複数回、成功させる必要がある。核弾頭は完成しているので核実験は必要はないという見方もあるが、私が入手した情報では核弾頭はまだ完成していない。
実験を行う度に制裁は強まり、武力行使準備は進む。大量破壊兵器を戦争で除去する意味で似ているイラク戦争では、国連安保理が武力制裁を認める決議をし、米議会が大統領に武力行使の権限を与える決議を行った。それがなくとも攻撃することはできるが、すべてそろった段階でトランプ大統領は決断する公算が大きい。
武力攻撃では、核施設だけを限定爆撃するという方法は採られない。開戦と同時に前線の長距離砲、ロケット砲基地とミサイル基地などをすべて叩(たた)く。
またレーダーや対空砲、空軍基地を攻撃して制空権を奪う。それだけでなく、金正恩氏が立てこもっていると思われるすべての地下司令部を破壊し、司令部と基地との間の無線・有線の連絡網をつぶす。この最後の部分がいわゆる「斬首作戦」だ。頭と胴を切り離せば、独裁国家の軍隊は機能を停止する。
金正恩氏とその側近らは「斬首作戦」を一番恐れている。だからこそ、一刻も早く米本土まで届く核ミサイルを持ちたいのだ。従って、トランプ政権が軍事攻撃を決断するのは、核ミサイルが完成する前でなければならない。その意味で危機は目前まで来ている。
≪地政学的悪夢の招来もあり得る≫
現段階では米軍は軍事演習を繰り返して「斬首作戦」が実行可能だとみせつけ、金正恩氏と幹部らを恐怖に陥れ、命ごいしてくることや、幹部らによる金正恩氏排除を待っている。その場合、金正恩氏あるいは金正恩氏を排除した勢力が拉致問題を媒介にして安倍政権に助けを求めるかもしれない。
彼らが全被害者の一括帰国を決断したならば、わが国は核問題と切り離して、一定の見返りを与えることを含む被害者帰国の条件を詰める実質的協議を持つべきだ。トランプ大統領に拉致問題の深刻さをアピールしているのは、米国にその了解を得る布石である。
http://www.sankei.com/column/news/171020/clm1710200004-n1.html
(>>2以降に続く)