9月9日、日本学生対校選手権で、桐生祥秀選手(21)が100メートル決勝でついに10秒の壁を破って9秒98の新記録を出した。新聞各紙は翌10日の朝刊1面でこれを報じている。
朝日、読売、毎日、東京はトップの扱い、産経は左の肩(2番手)であるものの、そのほか5面にわたって取り上げた。いかに桐生選手の新記録達成が注目されていたかが分かる。
それら多くの記事で特に私の注意を引いたのは、桐生選手が4年前の高校時代に日本歴代2位(当時)の10秒01をマークした後、ずっと続いた精神的苦労を述懐している部分だ。
例えば産経2面に掲載された「桐生 重圧に勝つ」の記事。「応援してもらえる喜びと、無意識のうちに身の回りに充満する期待という名の重圧。常人なら心身のバランスを崩していてもおかしくなかった」と説明している。
ただし、桐生選手への期待が膨れ上がったのは、新聞などメディアの果たした役割が極めて大きかったのだろう。桐生選手はその重圧を克服したが、それは必要な重圧だったのか。
私がそんな感想を抱くのは、ゴルフの石川遼選手(26)を想起するからである。15歳のとき、日本男子ツアー史上最年少で優勝を果たすなど、若くして好成績を収めて将来を大いに期待されたが、現在は伸び悩んでいるようである。
同じゴルフでも松山英樹選手(25)は石川選手と同世代だが、彼ほど騒がれることなく着実に成長して、世界のトップ選手となっている。つまり、メディアは有望選手が現れたときは、あまり騒ぎ立てず落ち着いて見守る姿勢も必要ではないだろうか。
同様のことが大相撲にもみられる。今年の初場所で優勝し、久しぶりに誕生した日本出身横綱、稀勢の里関(31)は大いに話題となった。次の春場所は途中で負傷したが、出場を強行して2場所連続で賜杯を抱いた。
その後はけがの回復が思わしくなく、夏場所と名古屋場所は途中休場、秋場所は全休してしまった。明らかにファンの期待に応えようとして、無理がたたったのである。
昨今、明るい話題の少ない日本において、スポーツで日本人の活躍を強調して報道したい−。メディアのそんな気持ちも分からないでもない。しかし、もう少し成熟した報道ができないものか。
その一方で、日本選手の活躍に「ニッポン、ニッポン」とナショナリズムを発揮する新聞が、本紙は例外だが、スポーツよりはるかに重大な国防の問題で、頓珍漢(とんちんかん)な主張を展開している。
例えば、9月30日、朝日社説。中国や北朝鮮の軍事的脅威がこれだけ明白であるのに、国家意識・民族意識を欠落させ、「国難」は安倍晋三首相(63)が煽(あお)っていると主張するのである。まことに奇怪千万と言わざるを得ない。
◇
【プロフィル】酒井信彦
さかい・のぶひこ 昭和18年、川崎市生まれ。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東京大学史料編纂(へんさん)所で『大日本史料』の編纂に従事。
http://www.sankei.com/column/news/171022/clm1710220009-n1.html
http://www.sankei.com/column/news/171022/clm1710220009-n2.html
http://www.sankei.com/column/news/171022/clm1710220009-n3.html
朝日新聞東京本社の外観=2017年2月17日、東京都中央区(本社チャーターヘリから、桐原正道撮影)
朝日、読売、毎日、東京はトップの扱い、産経は左の肩(2番手)であるものの、そのほか5面にわたって取り上げた。いかに桐生選手の新記録達成が注目されていたかが分かる。
それら多くの記事で特に私の注意を引いたのは、桐生選手が4年前の高校時代に日本歴代2位(当時)の10秒01をマークした後、ずっと続いた精神的苦労を述懐している部分だ。
例えば産経2面に掲載された「桐生 重圧に勝つ」の記事。「応援してもらえる喜びと、無意識のうちに身の回りに充満する期待という名の重圧。常人なら心身のバランスを崩していてもおかしくなかった」と説明している。
ただし、桐生選手への期待が膨れ上がったのは、新聞などメディアの果たした役割が極めて大きかったのだろう。桐生選手はその重圧を克服したが、それは必要な重圧だったのか。
私がそんな感想を抱くのは、ゴルフの石川遼選手(26)を想起するからである。15歳のとき、日本男子ツアー史上最年少で優勝を果たすなど、若くして好成績を収めて将来を大いに期待されたが、現在は伸び悩んでいるようである。
同じゴルフでも松山英樹選手(25)は石川選手と同世代だが、彼ほど騒がれることなく着実に成長して、世界のトップ選手となっている。つまり、メディアは有望選手が現れたときは、あまり騒ぎ立てず落ち着いて見守る姿勢も必要ではないだろうか。
同様のことが大相撲にもみられる。今年の初場所で優勝し、久しぶりに誕生した日本出身横綱、稀勢の里関(31)は大いに話題となった。次の春場所は途中で負傷したが、出場を強行して2場所連続で賜杯を抱いた。
その後はけがの回復が思わしくなく、夏場所と名古屋場所は途中休場、秋場所は全休してしまった。明らかにファンの期待に応えようとして、無理がたたったのである。
昨今、明るい話題の少ない日本において、スポーツで日本人の活躍を強調して報道したい−。メディアのそんな気持ちも分からないでもない。しかし、もう少し成熟した報道ができないものか。
その一方で、日本選手の活躍に「ニッポン、ニッポン」とナショナリズムを発揮する新聞が、本紙は例外だが、スポーツよりはるかに重大な国防の問題で、頓珍漢(とんちんかん)な主張を展開している。
例えば、9月30日、朝日社説。中国や北朝鮮の軍事的脅威がこれだけ明白であるのに、国家意識・民族意識を欠落させ、「国難」は安倍晋三首相(63)が煽(あお)っていると主張するのである。まことに奇怪千万と言わざるを得ない。
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【プロフィル】酒井信彦
さかい・のぶひこ 昭和18年、川崎市生まれ。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東京大学史料編纂(へんさん)所で『大日本史料』の編纂に従事。
http://www.sankei.com/column/news/171022/clm1710220009-n1.html
http://www.sankei.com/column/news/171022/clm1710220009-n2.html
http://www.sankei.com/column/news/171022/clm1710220009-n3.html
朝日新聞東京本社の外観=2017年2月17日、東京都中央区(本社チャーターヘリから、桐原正道撮影)