https://wired.jp/2017/11/12/brain-eating-amoebas-of-yellowstone/
ヒトの体内に鼻から侵入して、致死率97パーセントの脳髄膜炎を引き起こす「脳食いアメーバ」。
温暖化に伴う分布拡大が危惧されているなか、科学者たちは新しい観察装置を使って、その発生をリアルタイムで監視しようとしている。
心地よい9月のある日のこと。イエローストーン国立公園内のボイリングリヴァーでは、観光客たちがおぼつかない足取りで
浅瀬を歩き、温泉よろしく深みに体をひたしていた。「沸騰する川」という名前だが、実際は沸騰するほど熱くはないのだ。
彼らを気にする様子もなく、アメリカアカシカの群れが川を渡る。そのかたわらで、ウェーダー(胴付長靴)を履いた研究者たちが
水のサンプルを採取している。彼らが探しているのは、感染すれば97パーセントの確率で死に至る「脳食いアメーバ」である。
この場所で脳食いアメーバ(学名Naegleria fowleri:ネグレリア・フォーレリ)の犠牲者は出ていない。
だが研究者たちは、上流の地熱エネルギーのおかげで温水が流れるボイリングリヴァーにも、この小さな“怪物”が
生息できることを知っている。このため、川岸には遊泳客に向けた注意書きが掲げられている。
このアメーバは楽しい一日を台無しにするどころか、かなりの確率で命を奪うのだ。
■死亡まで5日という凶悪なアメーバ
ボイリングリヴァーで調査をおこなっていたのは、1,000km以上の道のりをここまでやって来たカリフォルニア州
モントレーベイ水族館付属研究所(MBARI)と、調査対象は決して石だけではない米国地質調査所(USGS)という、
意外な組み合わせの研究者たちだ。
彼らは採取した水のサンプルを、こちらは想像にたがわず、米国疾病予防管理センター(CDC)に発送する。
CDCの研究者たちは脳食いアメーバの謎を解明し、願わくば米国の河川からあらゆる病原体の危険を取り除くため、
水のサンプルの解析に取り組むのだ。
ネグレリア・フォーレリのもっとも腹立たしい点は、ヒトの脳を食べるつもりがないことかもしれない。
このアメーバの好物はもっと小さな獲物で、本来は淡水域をさまよいながら、微生物をむさぼり食う。
だが、そんな淡水域で誰かが泳いでいて鼻に水が入ると、アメーバは脳に侵入して脳組織を食べはじめ、
原発性アメーバ性脳髄膜炎と呼ばれる疾患を引き起こす。
脳の膨張にともなって発熱、吐き気の症状が現れ、ついで発作と幻覚が生じる。
死亡までの期間は平均で5日。致死率は97パーセントにのぼる。
ネグレリア・フォーレリは温水を好むため、暖かいボイリングリヴァーは格好のすみかだが、低温にも耐える。
「水温が低下するとシストに変化します。これは卵のような状態で、きわめて強い耐寒性をもちます」と、
CDCの環境微生物学研究室に所属する環境工学者、ミア・マッティオーリは説明する。
「しかし、この状態は不活性で移動はできず、ただ生存しているだけです。周囲が温かい好適環境になると、
感染力のある状態に戻ります」
この温度依存性のおかげで、ネグレリア・フォーレリの検出は極めて難しい。水温が低下すると、水中の生息密度も低下するのだ。
他の淡水生物なら、1リットルの水に数百個規模で捕獲できるが、ネグレリア・フォーレリの場合、生息密度は
100リットルに100個体程度でしかない。
このようにまれな種であることに加え、鼻に入らなければ感染しないため、2007年〜2016年に米国内でこのアメーバの
犠牲になった人は40人にとどまっている。
(続く)