当時16歳だった女子高校生に現金を渡してみだらな行為をしたとして、沖縄県警沖縄署は6日、児童買春・ポルノ禁止法違反(買春)の疑いで、那覇市内の私立高校教諭田川由磨容疑者(29=那覇市国場)を逮捕した。
逮捕容疑は昨年9月26日午後と同10月14日午後、沖縄県沖縄市内のホテルで、少女が18歳未満と知りながら現金を渡して、みだらな行為をした疑い。
同署によると、田川容疑者と少女はインターネット上で知り合い、無料通信アプリLINE(ライン)で連絡を取り合っていた。少女が通う高校からの相談で発覚した
ソース
https://www.nikkansports.com/general/news/201802060000724.html 覚せい剤や麻薬と同じく売るほうが重罪にしないとなくならない犯罪。
名字からして本土のやつが沖縄に来て就職してるだろこれ
那覇市の私立校と特定できそうだな
しかも田川ならナイチャーか
>>1
高校教諭の犯罪なのに逮捕されて名前が公表されるなんて異例だね
教諭の犯罪は通常は逮捕されず名前も公表されないのにね
このあと停職処分でそのあと依願退職になるのは確定だね >>25
私立校は公務員じゃないから公表できるんじゃないか
おそらく解雇処分 反基地闘争で頑張っていたので、
安部に嵌められた可能性
女子高生なんて中身はもうオバサンだからねw
いくら制服が可愛いからって変な妄想しないように。
股が緩いのが沖縄の女の特徴
だから仕方ないよ
でもなあ、ほとんど宮里藍だぜ?
アムロや仲間由紀恵、国仲涼子、比嘉愛未みたいなのは
全然いないんだぜw
田川由磨 経歴
大阪桐蔭中学校 6期卒業
大阪桐蔭高校 21期卒業
大阪府立大学理学部 同大学院卒業
母校である大阪桐蔭中学校高等学校で4年間教鞭をとり、「沖縄でやりたいことがある」と言い、母校を去った。
2015年〜 沖縄尚学中学校高等学校 勤務
なお、10月14日には大阪の教え子のJKに電話をかけていた模様
こういう捕まった先公ってどう生きてんだろ
身内にも切られて名前もずっと残って、不思議だ
パヨク 「在日米兵のレイプは許せん、俺にやらせろ」
女子高生ってサービス悪いだろ
たいしたこともできない脳みそおバカカス国家認定生物だしさ
沖縄の女なんて、目が左右離れててデコピンで色黒のイメージ。
ティンコ勃たねえわ
おれたちはサヨクだパヨクだアピール大暴れ
オキナワでも長年ゆすりたかり大暴れ
炭坑労働で強制連行されたと捏造でゆすりたかり、部落穢多朝鮮非人市民団体や
吐き気する村本
オキナワの穢多朝鮮非人メディア
基地追い出して、中国のバック
オキナワ朝鮮国めざしてるのか?
女子高生大好き、毎日シコシコしてる、犯したい、キンタマ舐めてほしい
授業中もポコチンビンビンだったんだろうな!気持ちわりぃ
紳助がわかりやすい
炭坑労働で強制連行されたと捏造でゆすりたかり、部落穢多朝鮮非人ヤクザを
因縁つけて寄生させるのが目的
同和の攻撃もそっくりだよな
ウヨクアピール部落穢多朝鮮非人街宣車
オキナワ大好き紳助がなぜか受ける
ヤクザ大好き薬物清原オキナワなぜか受ける
吉本は紳助を復活させて
テレビをもっと穢多朝鮮非人だらけにしたいよな?
部落穢多朝鮮非人ヤクザとつるんで
マードックのせがれだっけ?外資とつるんで
笑えるイカサマ投資話
小室なんちゃらから莫大な金盗んで莫大な借金背負わせってほんとか?
ウヨクアピール部落穢多朝鮮非人街宣車そっくりだよな?サンケイ
在日エセウヨクってほんとか?サンケイ
朝鮮だらけビルにあるってほんとか?サンケイ
オキナワの選挙前、オキナワ関連捏造記事
おれたちウヨクは捏造やるアピール
腹がいてえ受けた
サンゴ捏造、捏造売春婦、あべ学校捏造
日本滅ぼすためなら捏造当たり前ってか?
捏造の自虐歴史蔓延ゆすりたかりのバックアップ
捏造売春婦で未来永劫ゆすりたかりやらせたいよな?
部落穢多朝鮮非人新聞社
腹がいてえ受ける
親が新聞社のガキは穢多朝鮮非人か?
捏造の自虐歴史蔓延ゆすりたかりのバックアップ
あさひ読め扇動
穢多朝鮮非人教師なつかしい
穢れのガキも教師に
性犯罪や非常識、異様な体罰
理由わかったか?
日の丸君が代拒否してサヨクアピール
穢多朝鮮非人教師
ウヨクアピール部落穢多朝鮮非人街宣車
笑える大暴れ
サヨクウヨク対決アピール大暴れ
日本売国破壊の基本だよな
サンゴ捏造、捏造売春婦、あべ学校捏造
新聞社社払いでホテル旅館泊まる連中
部落穢多朝鮮非人ヤクザそっくりだよな
部落穢多朝鮮非人新聞社
オキナワの選挙前に、
ネットは捏造だらけフェイクだアピール
腹がいてえ受ける
逆効果
お前らまだ信頼されてるとでも思ってるのか?
腹がいてえ受ける
やっとメディアも
きちんと教師のネームだすようになったか
腹がいてえ受ける
穢れほど麿みたいなネームつけなりすまし
腹がいてえ受ける
あさひ読め扇動穢れ教師のガキか?
腹がいてえ受ける
基地を追い出して
穢多朝鮮非人やりたい放題
中国のバックアップ、
オキナワ朝鮮国めざしてるとしか思えないよな
オキナワ大好き紳助がなぜか受ける
ヤクザ大好き薬物清原オキナワなぜか受ける
高校教師やってる奴ってみんなそう。企業に就職できない人格欠陥者が子供の前で威張ってるwww
現役JKの生脚を毎日眺められる環境に満足でにないもんかね。
んでコスプレソープで制服着せて妄想してればいいのに。
😊 日本の次の30年は明るい時代なので安心 ♪
■ 日本経済には60年の長期周期がある
昭和の約60年は前半が経済周期の下側、後半が上側だった。
平成の約30年は下側だった。次の30年は上側の明るい時代。
😊 日本の次の30年は明るい時代なので安心 ♪ 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:0be15ced7fbdb9fdb4d0ce1929c1b82f) 😊 日本の次の30年は明るい時代なので安心 ♪
■ 日本経済には60年の長期周期がある
昭和の約60年は前半が経済周期の下側、後半が上側だった。
平成の約30年は下側だった。次の30年は上側の明るい時代。
😊 日本の次の30年は明るい時代なので安心 ♪ 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:0be15ced7fbdb9fdb4d0ce1929c1b82f) こんなくだらねーことだけ躍起になって追ってるクソポリ…
人間不信になりました
田川先生、みんなに謝ってください
物理とらなければよかった
>>70
オマエに物理を教えてたこととプライベートのセックスなんて何の関係もないやんw 那覇市内の私立いうたら沖尚かしら
教師って、悪い意味でなるべくしてなるものなんやな こわいこわい
ゆとりの公務員がひどすぎるな
とくに警察、消防、教職員
>>34
沖縄でやりたいこと=JK買春
やりたいことやってんだな >>49
授業中も女子高生の体見ながら、教壇でおちんちんギンギンのフル勃起だったの?
もしそうなら女子高生のおまんこにおちんちん入れて念願が叶った瞬間は凄い気持ち良かっただろうね。 >>1
男女の自然的な性的役割を否定し、女性を男性と同じものとして扱おうなどという
男女平等主義カルトの目論見は自然の法に反しており、もしそれが完全に実行されたならば、
人類社会は瞬く間に滅びることになります。
義務的な学校教育と若い女性の強制的な社会進出は未婚化晩婚化とそれに伴う少子高齢化を引き起こし、将来の労働力の減少を招きます。
それはまた男性の労働意欲を失わせ、真面目に働く代わりにレイプなどの性犯罪や暴力犯罪に
走る事を選ばせる傾向を促進し、再びこれは労働力のさらなる減少と提供される労働の質の低下を招くことになります。
結果として生産される財やサービスの品質は低下し価格は高騰していきます。
少子高齢化と犯罪の増加は社会保障費用の増大を招き、税金の負担は社会のすべての人に重く伸し掛かります。
そして全ての人をより貧しく、より劣悪な状況に追いやります。
インドなどの途上国を見ればわかるように、貧しくなればなるほど
自暴自棄になった男性が性犯罪や暴力犯罪に走る傾向は更に強まっていきます。
またもし男女平等主義が継続されるならば、労働力の減少は移民の大量の受け入れにより埋め合わせるしかないが、
移民の増加は深刻な文化摩擦を引き起こし、テロや暴動が頻発し、社会秩序は崩壊します。
人類社会の滅亡を目論むユニセフやヒューマンライツ・ナウなどの破滅的な虚無主義者を打ち倒し、
自然的な性秩序を取り戻す為に、リバタリアン党とリバタリアン運動を支援しよう。
98745 >>1
児ポ法カルトやジェンダーフリー女が性被害だの性暴力だの性搾取だのと呼んでいる物の大半は物理的かつ客観的な被害は皆無であるか
あったとしても軽微な物でしかない。
それらの被害の主張は物理的で客観的な物ではなく感情的で主観的な物であり、
客観的に測定される事も確定される事も出来ない。
児ポ法カルトが性被害、性暴力、或いは性搾取等と呼んでいる物の大半はヒステリックな被害妄想にすぎない。
仮にそれを被害と認めるにしても、それらの被害は感情的で主観的な物に過ぎないので、
それに対する適切な処罰は客観的に決定出来ない。そしていかなる処罰も客観的に正当化される事は出来ない。
86451 >>1
児童ポルノ法カルトは従来ロリコンは知的障害者で女に相手にされない無職引き篭もりニートである等と誹謗してきた。
しかし児童ポルノ法で逮捕される人が増えるにつれ、児童ポルノ法カルトの主張する従来のロリコン像が全く誤っており、
多くは普通かそれ以上の社会的に重要な職業に就いていて家庭や子供を持つごく普通の男性である事が明らかになってきた。
この事例を含め、児童ポルノ法や淫行条例、未成年者誘拐罪などによって、これまでに数万人以上の男性と
彼らの家族の人生が破壊されている。
もし児童ポルノ法や未成年者誘拐罪等を廃止しないなら、
社会がもはや児童ポルノ法や未成年者誘拐罪などの執行を維持できなくなるまでに更に
数十万から数百万人の男性と彼らの家族の人生が破壊される事になるだろう。
犯罪国家の不正な法律ではなく、自らの良心に従いなさい。
あなたの父親、あなたの夫、あなたの息子、あなたの兄弟、あなたの友人がある日突然児童ポルノ淫行警察に拘束され、
連れて行かれても構いませんか?
初潮を迎え性的に成熟した少女に対し健全な性的欲求を抱く正常な男性を逮捕し、失業に追い込み、彼らの労働意欲を奪い、
酒呑みにして堕落させ、時には自殺にさえ追いやる不道徳で不正な児童ポルノ法、未成年者誘拐罪、淫行条例等を廃止し、
我々の自然権を取り戻す為に、リバタリアン党やミーゼス研究所等のリバタリアン組織を支援してください。
897645 >>1
人間の権利の概念は全ての人間は同一の権利を享受すると言う事を含意している。
しかしもし親が子供を支配し奴隷化する権利を持つならば、その時は全ての人間は同一の権利を享受する事は出来ない。
従って、親の監護権などと言うものは人間の権利として存在する事は出来ない。
児ポ法・未成年者誘拐罪等の支持者は子供達は知識や経験、判断力が不足しており、
それ故に、自己決定能力を持たないので、人間ではなく、人間の権利を享受しないと主張する事によって
この明白な概念的矛盾を逃れようとする。
しかしながら、この主張は人が自由意思を持つと言う本源的事実と両立しない。
人の行動及び意思決定は彼自身の個性に基づいており、その他のいかなる外部の原因によっても決定される事は無い。
何を基準に不足或いは十分と判断するのかについての線引きの恣意性と主観性の問題を脇に置いて、
知識や経験、判断力の不足などを所与としても、それらの要素が子供達の行動にどのような影響を与えるかは
それぞれの子供の個性に依存している。それらの要素は決して子供達の意思や行動を決定しない。
それ故に彼の知識や経験、判断力がどうであれ、子供達は自己決定の能力を持つ。
人はその他の人から多かれ少なかれ異なる個性を持つので、ある子供の行動と意思決定は必ず彼自身に帰属する。
その反対、子供達の意思や精神の作用が外部の原因によって一様に決定されていると見る事は人の個性を無視した歪んだ決定論の導入である。
児童ポルノ法・未成年者誘拐罪等の支持者達の誤りは全ての人間が外部の刺激に対して
同一の反応を返す均一的で無個性なロボットの様に扱われている事である。
このような仮定を真実として前提とした時だけ、子供達の意思は外部の原因に決定され、彼等の幸福と利益は客観的に測定され比較され、
決定される事が出来る。その時だけ、ある人の幸福や利益は主観的な評価ではなく科学的な事実の問題になる。
しかし明らかにこれは事実ではない。現実の子供達はロボットの様に均一的な存在ではない。
彼等は多かれ少なかれ異なる個性を持つ。そしてそれ故に彼らの意思は外部の原因により決定される事は出来ない、
彼ら自身以外の誰も彼らの幸福や利益について直接的に知る事も感じる事も出来ない。
そして将来の何らかの時点において、ある子供の性的な行為に関する考えが変化するかどうか、
もし変化するとしてもどのように変化するかは全く分からない以上、
性的な行為に従事した子供達が将来、子供の頃の性的体験を誤りであったと考えるとは限らない。
ある子供は10代のうちに年上の男性と性的関係を持って家庭に入り子供を作った方がそうでない場合よりも
幸福な人生を送れたかも知れないしポルノ女優や娼婦の才能があってポルノに出演したり売春でもしていた方が
そうでないより幸福だったかもしれない。
従って、子供と性行為に従事する男性が子供達の知識や経験、判断能力の未熟さに付け込んでいる等と言う
児ポ法カルトの主張は全く誤った思い込みに過ぎない。
また児童ポルノ法・未成年者誘拐罪等の支持者達はしばしば、性産業で働く子供達は教育を受ける機会を奪われている等と主張する。
しかし子供達の個性と関心、適性を無視した画一的な教育を全ての子どもに押し付ける学校教育は
自由意思を持つ個性的な人間を教育する為に適切ではない。それは均一的な品質の家畜を飼育する方法である。
自由意思を持つ人間に適した真に有益な本物の教育は学校の外側の現実社会において彼ら自身の個性や関心、好みに沿って
自由に生き、働き、学び、遊び、愛し合う事により受け取る事が出来る。
かくして、リバタリアンの人権理論はいかなる例外も認めずに文字通りに全ての人間に等しい権利を認める。
そしてそれ故に唯一の本物の正しい「人権」理論なのである。
リヴァイアサン中央集権国家が存在しない自然的社会、家族的社会、リバタリアン社会においては
親達は子供達が彼らの家や土地に留まる事を望む限りで、彼らの家の所有者として
子供達に彼らの家の利用ルールを定める権利を持つ事が出来るに過ぎない。
物理的に親の家から離れる事が困難な幼少期を脱した子供達は彼自身の所有者として
彼らの親の家から立ち去り、売春等をして働き一人で生きていくか、別の大人の所に逃げ出す権利を持つ。
そうする事を暴力的に妨害する事は子供達に対する本物の人権侵害であり、恐るべき虐待と搾取である。8964531 >>1
なぜ児童ポルノ法や未成年者誘拐罪の支持者は恣意的な定義や思い込みを繰り返し、言葉遊びに興じる事を選ぶのだろうか?
彼らの話を聞いていると、彼らの主張の根底には現実世界の全てを自らの精神が作り出した空虚な観念、
幻想と解釈し、どのような法や概念も自分で作り出し変化させる事が出来るに違いないなどと言う
虚無主義的な考えが有る事がわかる。
児童ポルノ法や未成年者誘拐罪の支持者はこのような物自体の本質を否定する虚無主義的な態度を根底に持っているので、
同意の上の性行為は搾取や暴力であり、同意の上で家に泊める事は誘拐である、そして暴力的な奴隷化は保護であり、
暴力により子供達の自由や権利を奪う事により彼らを保護しているなどと物事の本質的な意味と正反対の意味を
概念に貼り付ける事により言葉遊びに興じる。
彼らは初潮を迎え性的に成熟した子供と性的関係を持つ男性に何か悪い所が有るかのように批判しているけれど、
本当は物事の正当化など無意味であり、あらゆる概念や法は我々自身が作りだした空虚な観念に過ぎないのだから
どのように振る舞おうと何も悪い所はないと考えているのである。
彼らは恣意的な定義により子供達と同意の上の性的関係を持つ男性を悪人として非難する。
他方で自らの主張の恣意性を批判されると虚無主義的な主張を持ち出して議論から逃亡する。
このような矛盾した態度が児童ポルノ法や未成年者誘拐罪の支持者達の特徴である。
他方でリバタリアンを始め、児童ポルノ法や未成年者誘拐罪に反対する人々はプラトン、アリストテレス以来の西洋合理主義の伝統、
自然法哲学の伝統に沿っている。これらの伝統においては、あらゆる物には一定の本質的な意味内容が最初から含意されている。
リバタリアン哲学、西洋合理主義哲学、自然法哲学において、法や権利、自由や正義と言った概念は単に人が作り出した空虚な観念ではない。
それらは人間本性に最初から含意されており、理性によって発見される事が出来る客観的真実である。987645 >>1
リバタリアンの主張は伝統的な自然法哲学に沿ったものであり、
世界的に著名な自然法哲学者や経済学者の主張を準用した
人間本性から理性により論理必然的に導き出される結論に過ぎない。
そこに目新しいものは何もありはしない。
全ての人間は生まれながらにして自由かつ平等であり、彼自身の身体や財産を支配する為の
等しい権利を持つ。誰もその他の人間の身体や財産を支配する権利を持たない。
それが父親かどうかに関わらず、男性と少女達の自由意思に基づく同意の上の性的関係を暴力により妨害する事は
男性や少女の彼ら自身の身体や財産を支配する事への自然的な権利を侵害する。
いかなる人間の立法も、それが自然の法に反するならば効力を持たない。
児童ポルノ法や未成年者誘拐罪、監護者性交罪、淫行条例等は自然の法に反し、無効である。
そしてそれらを執行する警察や司法、及びそれを支持している立法者は
その他の人間の天賦にして不可侵の自然的な権利を侵害する犯罪を犯している。
リバタリアンの主張はなにも新しい所は存在しない。それは完全に伝統的な自然法哲学に沿った結論だ。
そしてそれはいかなる例外もなしに全ての人間に等しい権利を認めていると言う点で論理的に一貫している。
他方で児ポ法カルトの後ろにはどんな伝統的な支持基盤も存在しない。
そこにあるのは恣意的な価値判断と男性の正常で自然的な性的欲求や性行為を悪しきものと見なす
病的な思い込み以外の何もない。 8964531 >>1
児ポ法、未成年者誘拐罪、淫行条例、監護者性交罪等の支持者はしばしば、子供は知識や経験、判断能力が不足しており、
児童婚や児童ポルノの出演、売春等によって不幸になる可能性があると主張する。
しかしながら、人は常に将来の自分自身の状態を予測する為の知識と能力の不足から様々な失敗を犯し、
予測不可能な事件や事故に遭遇し、絶えず不幸に陥る可能性に晒されている。
児童ポルノ法や未成年者誘拐罪等の干渉主義政策によって選択の自由を暴力的に奪われ、
その結果として、彼の人生を強制的に歪められた多くの子供達が
親の虐待や奴隷状態、学校でのいじめや学業への適性等を苦に自殺し、
予測不可能な災害や事故、犯罪に遭い、病気や怪我により命を落としている。
児童婚や児童ポルノ出演や売春に従事しないなら、全ての女性は
必ずより幸福な人生を送れるだろう等と言う保障は何処にもありはしない。
人は全知でも全能でもない。人は不完全な判断能力しか持たず大人もまた子供と同様に過ちを犯す存在である。
完全な判断能力を持った無謬の人間など存在しない。
不完全である事は子供達の自由や権利を否定する理由にはならない。
反対に、全ての人間は過ちを犯す不完全な存在であると言う事実は
なぜ子供達が彼ら自身の選択した方法で生きる事を許されるべきかの理由である。
児童ポルノ法や未成年者誘拐罪、淫行条例、監護者性交罪等は子供達を不幸から救う事は無い。
それは子供達の選択の自由と幸福追求の権利を奪い、彼ら自身の望みに反する方法で生きる事を強要し、
彼ら自身の現在の主観的な見地から見た幸福と利益を奪っているだけにすぎない。598451 >>1
子供達は人間である、そして人間としての全ての権利を持つ。
我々は政府に子供を補導して保護したり、児童労働を禁止したり、義務教育を負わせる事などによって、
子供達が彼ら自身の選択に従って働いたり学んだりする自由を侵害する権限を授ける全ての法律に反対する。
我々があらゆるその他の人工的に定義された人間の下位分類に向けられた政府の差別に反対する様に、
我々は全ての法的に作り出されるか是認される子供達の差別や優遇に反対する。
我々はまた夜間外出、喫煙、飲酒、その他の成人なら犯罪と考えられない子供の行為を禁止する全ての法律の廃止を支持する。
我々は更に少年法や少年裁判所制度を廃止し、子供達に彼らの犯罪の完全な責任を負わせる事を支持する。
合衆国リバタリアン党、1990 National Platform of the Libertarian Party.
合衆国リバタリアン党は全ての人間の平等な自己所有権を根本原理として奉じるアメリカで三番目の規模を持つ政党である。
自発的に性的な行為に参加する子供達は、例えそれが私達にとって個人的に不快であるとしても、そうする権利を持ちます。
若干の子供達は若干の大人達が喫煙や飲酒し過ぎるのと同じように、お粗末な選択を行うでしょう。このような事は人生の一部です。
私達が児童ポルノを違法化する時、子供出演者に支払われる価格は上昇し、親達が子供達の意に反して彼らを使用する為の誘因は増加します。
メアリー・ルワート、Libertarian Short Answers to the Tough Questions.
メアリー・ルワートは合衆国リバタリアン党の政治家、倫理学者、博士研究員である。
彼女は長年に渡って合衆国リバタリアン党の全米代表委員会のメンバーであった。
一体なぜ子供達は彼ら自身の性的選択を決定する権利を認められるべきではないのだろうか?
客観的に言って、一体なぜ性的選択は彼ら自身の家族の一員との関係を含めるべきではないのだろうか?
合理的に言えば、一体なぜ彼らが選択したいと思うや否や子供達は自由意思に基づく
取引から得られる人生の果実の全てを享受すべきではないのだろうか?
全ての人が子供の性行為や近親相姦から不快感を被ると考える合理的な理由は存在しない。
リチャード・スローマン、Children’s Rights and Incest Decriminalization.
リチャード・スローマンは合衆国リバタリアン党の政治家、作家である。
彼は合衆国リバタリアン党廃止主義者幹部会の議長であり、指導的なリバタリアン活動家の一人である。316897 >>1
誰が本物の犯罪者なのか?自由、犯罪、奴隷制の正しい哲学的定義:
”自由”とはある個人の彼自身の身体と彼の正当な物質的財産の所有権が侵害されていない状態である。
別の人の財産を盗む人は別の人の頭を殴る人が行う様に被害者の”自由”を侵害し制限している。
”自由”と無制限の所有権は同一歩調を取る。
他方で、..."犯罪"とはある人の身体や物質的な財産の所有権に対する侵略の行為である、
犯罪は暴力の使用による、ある人の財産に対する、そしてそれ故に彼の自由に対する侵害である。
"奴隷制"(自由の反対)は奴隷が自己所有権を少ししか持たないか全く持たない状態である、
彼の身体及び彼の生産物は暴力の使用によって彼の主人により系統的に搾取されている。
マレー・ロスバード、For a New Liberty.
マレー・ロスバードは20世紀のアメリカ合衆国における代表的な自然法哲学者、経済学者、歴史学者である。
彼はリバタリアン運動の中心的な指導者の一人であり、20世紀で最も偉大なリバタリアン理論家、ミスター・リバタリアンとも呼ばれる。
子供は知識や経験、判断能力が不足しているので、自己決定能力や同意能力が無いと言う類の児ポ法支持者の詭弁を正面から粉砕する為に:
その用語「意思の自由」が言及する事は人にある決定、ある選択を行わせる考えがその他の全ての考えの様に
外部の「事実」によって「生じる」のでもなければ、現実の状況を「映す」のでもなく、そして
我々がその他の全ての事象において、ある結果を明確な原因へと帰属する様な方法においてそれらを帰属する事が出来る
何らかの解明可能な外部の要素によって「一意」に決定される事はないと言う事実である。
人の行動と選択の特定の事例に関して言われる事が出来る唯一の事はそれが彼の個性に帰属していると言う事である。
我々はいかにしてある人の個性、言い換えれば、彼が生まれつき持っていた全てと、経験した全てによって形成されている物としての人と新しい経験の出会いから、
具体的な考えが結果として生じ、個人の行動を決定するのかを知らない。
我々はいかにしてこのような知識が獲得される事が出来るのかを推量する事さえ出来ない。...
ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス、The Ultimate Foundation of Economic Science.
ルートヴィヒ・フォン・ミーゼスは現代リバタリアン運動に多大な影響を与えたオーストリア=ハンガリー帝国出身の経済学者である。
リバタリアン運動の中心的な指導者であるマレー・ロスバードは彼の弟子である。
財産所有権は色々ある権利の中の一部?!権利の概念すらまともに理解出来ていない児童ポルノ法カルトの無知を示す引用:
リベラルは言論の自由などの"人"権の為に"権利"の概念を保護し、その一方で私有財産に対する概念を否定する事を望む。
けれども、反対に、"権利"の概念は所有権としてだけ意味を持つ。同時に所有権ではない人権は存在しないだけでなく、
また前者の権利は所有権がその基準として使用されない時、それらの絶対性と明確性を失い、曖昧で脆弱なものになる。
マレー・ロスバード、The Ethics of Liberty.
マレー・ロスバードは20世紀のアメリカ合衆国における代表的な自然法哲学者、経済学者、歴史学者である。
彼はリバタリアン運動の中心的な指導者の一人であり、20世紀で最も偉大なリバタリアン理論家、ミスター・リバタリアンとも呼ばれる。
986513 >>1
児ポ法/未成年者誘拐罪支持者などによる子供の利益の主張を完全論駁する際に役立つ引用:
支払われた価格(引き受けられた費用)の価値と達成された目標の価値との差を利益と呼ぶ。この根源的な意味において、利益は純粋に主観的である。
それは行動する人間の幸福の増加である、それは測定される事も計量される事も出来ない心理的現象である。
感じられる不安の除去には程度が存在するが、ある満足がどのぐらい別の満足を上回っているのかは感じられる事しか出来ない、
それは客観的な方法で確定される事も決定される事も出来ない。価値判断は測定をしない、それは程度の尺度で並べ、順位付ける。
それは選好の序列と順序を表しているが、測定と計量を表さない。それには序数しか用いる事は出来ず、基数は使えない。
いかなる価値の計算について話す事も無駄である。計算は基数においてだけ可能である。二つの状態の価値評価の間の差は完全に心理的で個人的である。
それは外部世界へ投影出来ない。それは個人により感じられる事しか出来ない。それはその他の人に伝えたり、教えたりする事は出来ない。
ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス、Human Action.
ルートヴィヒ・フォン・ミーゼスは現代リバタリアン運動に多大な影響を与えたオーストリア=ハンガリー帝国出身の経済学者である。
リバタリアン運動の中心的な指導者であるマレー・ロスバードは彼の弟子である。
誰が本物の搾取者なのか?:
強制的な干渉は強制される個人または集団が干渉者によって強制されている事を自発的に行う事はないと言う事を意味する。
ある事を述べる様に、または述べない様に強制される人、または干渉者や第三者と交換する様に、或いはしない様に強制される人は
暴力の脅迫によって彼の行為を変えさせられたのである。それ故に強制される人は干渉の結果として常に効用を減少させられる。...
経済科学の発展以前、人々は交換と市場を他方の犠牲で一方が利益を得る物と考える傾向があった。...経済学はこれが誤りであると示した。
なぜなら市場では交換する両方の当事者が利益を得るからである。それ故に、「市場では搾取等という物は有り得ない」。
しかし利益の固有の対立の命題は暴力を行使する国家やその他の何者かが市場に干渉する時は常に真実である。
なぜならその時、「干渉者は効用を失う被干渉者の犠牲で利益を得る」からである。
マレー・ロスバード、Man,Economy,and State.
マレー・ロスバードは20世紀のアメリカ合衆国における代表的な自然法哲学者、経済学者、歴史学者である。
彼はリバタリアン運動の中心的な指導者の一人であり、20世紀で最も偉大なリバタリアン理論家、ミスター・リバタリアンとも呼ばれる。
児童ポルノ法は何を引き起こすのか?:
児童労働禁止法は労働力の供給を制限する事により、経済の生産を低下させ、これ故に社会の全ての人の生活水準を低下させる事に繋がる。...
総人口は減少しないが労働人口は減少する。
労働人口が減少する一方で消費者人口は減少しないままなので、一般的な生活水準は低下する。
児童労働禁止法は率直な禁止やある子供が雇われる事が出来る前に”就労許可証”や様々なお役所仕事を要求する形式を取るかもしれない、
そして後者は部分的に前者と同様の効果を引き起こす。児童労働禁止法はまた義務教育法により強化される。
ある子供が一定の年齢まで公立学校や国家に認可された学校に通学する様に強要する事は彼の雇用を禁止し、
成人労働者を子供との競争から保護するのと同じ効果を持つ。
しかしながら、義務教育は彼や彼の両親がその他の方法を好む時に学校教育を受け入れる様に強要し、これ故に
これらの子供達に更なる効用の損失を押し付ける。
マレー・ロスバード、Power and Market: Government and the Economy.
マレー・ロスバードは20世紀のアメリカ合衆国における代表的な自然法哲学者、経済学者、歴史学者である。
彼はリバタリアン運動の中心的な指導者の一人であり、20世紀で最も偉大なリバタリアン理論家、ミスター・リバタリアンとも呼ばれる。
978651 >>1
ある人は彼自身にとって極めて重要な問題に関して、そしてその他の誰も彼の様に利益を持たないか、
持つ事が出来ない事に関して誰かの言葉を受け入れるか、誰かの権威に屈する義務はない。
もし彼がそうするとしても、彼はその他の人々の意見は同意出来ないとわかるので、
その他の人々の意見に安全に依拠する事は出来ない。
...有徳や悪徳の問題は殆どの場合に何らかの単独の行為それ自体の本質的な特徴の問題ではなく、
程度の、つまり、ある行動が行われるべき範囲の問題である。
有徳と悪徳の問題はそれ故に、地球に住む様々な個人の精神、身体、状況の多様さと同じぐらい様々で、
それどころか無限である。そして長年の経験はこれらの問題の無数を未解決のままにしている。
それどころか、それらのいずれも解決していると言われる事は殆ど出来ない。
この意見の無限の多様性の最中に、どんな人や集団が何らかの特定の行動や行動の過程に関して、
"我々はこの実験を試みて、それに関わる全ての問題を決定している、
我々は我々自身の為だけではなく全ての人々の為にそれを決定している、
そして、我々より弱い全ての人々に対して、我々は我々の結論に従って行為する様に彼らを強制するだろう、
我々は誰かによる更なる実験や調査を、その結果、誰かによる更なる知識の獲得を被らない"と言う権利を持つのだろうか?
誰がこれを言う権利を持つ人々なのか?確実にそのような人々は存在しない。
このような事を本当に述べる人々は恥知らずな詐欺師と圧制者のいずれかである、
その人達は知識の進歩を止め、そして彼らの同胞の精神と身体に対する絶対的な支配を奪う、
そして、それ故に直ちに最後の最後まで抵抗される事になる、
或いは彼らは全くの哀れみや軽蔑以外の何らか対価への権利を授けられる為には彼ら自身の脆弱さに関して
そしてその他の人々に対する彼らの真の関係に関して、余りにも無知である。
ライサンダー・スプーナー、Vices Are Not Crimes:A Vindication Of Moral Liberty.
ライサンダー・スプーナーはアメリカ合衆国の自然法哲学者、奴隷制廃止論者、及び起業家である。
もし利益が主観的な物であるならば、社会的な法益を尤もらしく比較衡量し、公共の福祉を算出して見せる黒衣の詐欺師共の詭弁についてはどうか?:
奇妙な事に、功利主義は道徳性、善い事はそれぞれの個人にとって純粋に主観的であると仮定している一方で、
他方ではこれらの主観的な欲望は社会の様々な個人に渡って足したり引いたり、測ったりする事が出来ると仮定している。
それは個人の主観的な効用と費用は”社会全体の効用”や”社会全体の費用”に達する為に足したり引いたり測定される事が出来ると
仮定しており、それにより功利主義者が所与の社会的政策への賛成や反対を助言する事を許している。
現代厚生経済学はとりわけ”社会的費用”や”社会的効用”の概算、そして正確な定量的概算と言われる物にさえ至る事に慣れている。
しかし経済学は我々に道徳原理は主観的であると言う事ではなく、効用と費用が主観的であると言う事を、
つまり、個々の効用は純粋に主観的であり序数的である、そしてそれ故に、”社会的”効用や費用の概算に達する為に
それらを足したり比較する事は全くの誤りであると言う事を正確に伝えている。
マレー・ロスバード、The Ethics of Liberty.
マレー・ロスバードは20世紀のアメリカ合衆国における代表的な自然法哲学者、経済学者、歴史学者である。
彼はリバタリアン運動の中心的な指導者の一人であり、20世紀で最も偉大なリバタリアン理論家、ミスター・リバタリアンとも呼ばれる。
874651 >>1
子供は後悔する可能性があるので彼らの自由を奪われるべきである等と言う児ポ法/未成年者誘拐罪の支持者の致命的な自惚れを理解する為に:
人間行動の存在から導き出される別の根本的な意味合いは将来の不確実性である。
これはその反対は完全に行動の可能性を否定するので必ず真である。
もし人が将来の出来事を完全に知っているならば、彼は決して行為しないだろう。
なぜなら彼のどんな行動もその状況を変える事は出来ないからである。
従って、行動の事実は行為者にとって将来は不確実であると言う事を意味する。
この将来の出来事に関する不確実性は二つの基本的な源泉から生じる、
つまり、人間の選択行為の予測不可能性、そして自然現象に関する知識の不十分さである。
人は全ての自然現象の将来の進行を予測できるほど十分に自然現象を理解していない、
そして彼は将来の人間の選択の内容を知る事は出来ない。
全ての人間の選択は目的に達する為の最も適切な手段に関する評価と考えの変化の結果として継続的に変化する。
無論、これは人々は将来の進行を見積もる為に最善を尽くさないと言う事を意味する訳ではない。
それどころか、全ての行為者は手段を用いる時に、彼が彼の望む目標に達する様に見積もる。
しかし、彼は決して将来についての確実な知識を持たない。
全ての彼の行動は必ず将来の出来事のコースに関する彼の判断に基づいた憶測である。
不確実性の遍在は人間行動において絶えず存在する誤りの可能性を導入する。
マレー・ロスバード、Man,Economy,and State.
マレー・ロスバードは20世紀のアメリカ合衆国における代表的な自然法哲学者、経済学者、歴史学者である。
彼はリバタリアン運動の中心的な指導者の一人であり、20世紀で最も偉大なリバタリアン理論家、ミスター・リバタリアンとも呼ばれる。
我々自身やその他の人々の将来の価値判断に関する我々の予想やこれらの価値判断へと行動を適合させる為の
手段に関する予想が正しいかどうかを事前に知る事は出来ない。
この将来の不確実性は人間の状態の主要な特徴の一つである。それは人生と行動の全ての現われに付き纏う。
人は彼の支配を超えた力に翻弄される。彼は彼が彼を害すると考える物事を可能な限り回避する為に行為する。
しかし彼はせいぜい狭い範囲内でしか成功する事は出来ない。
そして彼は彼の行動がどのぐらい探し求められた目的を成し遂げる事が出来るのかを事前に知る事や、
もしそれを成し遂げたとしても、後で振り返ってみた時、彼自身やそれを見ているその他の人にとって、
彼が行動に従事した当時、彼に開かれていた選択肢の間で最善の選択であったかどうか知る事は決して出来ない。...
ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス、The Ultimate Foundation of Economic Science.
ルートヴィヒ・フォン・ミーゼスは現代リバタリアン運動に多大な影響を与えたオーストリア=ハンガリー帝国出身の経済学者である。
リバタリアン運動の中心的な指導者であるマレー・ロスバードは彼の弟子である。
全ての人はその他の人々の侵略から彼の身体及び財産を保護される事を願う。
しかし誰も彼自身から彼の身体或いは財産を保護される事は望まない、
誰かが彼自身を害する事を望むのは人間本性それ自身の基本的な法に反している。
彼は彼自身の幸福を促進する事、そして何が彼自身の幸福を促進出来るか、
そして促進するかについて彼自身で判断する事を願うに過ぎない。
これは全ての人が望む事である、そして人間としてそうする権利を持つ事である。
そして我々は皆我々の知識の不完全から多くの誤りを犯し、そして必然的に犯すに違いないけれども、
これらの誤りはその権利に対する反論にはならない。
なぜならそれらは我々が必要とし、求めており、その他の方法で得る事が出来ない知識を我々に与える事に役立つからである。
ライサンダー・スプーナー、Vices Are Not Crimes:A Vindication Of Moral Liberty.
ライサンダー・スプーナーはアメリカ合衆国の自然法哲学者、奴隷制廃止論者、及び起業家である。 978465132 >>1
誰が真に有益な本物の教育を受け取る機会を子供達から奪っているのか?:
教育は一生続く学習過程である、そして学習は学校だけでなく人生の全領域で行われる。
子供が遊ぶか、親や友達に聞くか、新聞を読むか、仕事で働く時、彼や彼女は教育を受けている。
形式的な学校教育は教育過程の僅かな部分に過ぎない、そして本当は形式的な教育の科目、
特に高度で体系的な科目の為に適切であるに過ぎない。
基本的な科目、読み書き計算、そしてその結果は家や学校の外側で容易に学ばれる事が出来る。
更に、人類の偉大な栄光の一つはその多様性、それぞれの個人はユニークな能力、関心、
そして才能を持つユニークな存在であると言う事実である。
この領域に能力も関心も持たない子供達に形式的な学校教育を押し付ける事は
子供の心と精神を犯罪的に歪める事である。
マレー・ロスバード、For a New Liberty.
マレー・ロスバードは20世紀のアメリカ合衆国における代表的な自然法哲学者、経済学者、歴史学者である。
彼はリバタリアン運動の中心的な指導者の一人であり、20世紀で最も偉大なリバタリアン理論家、ミスター・リバタリアンとも呼ばれる。
...指導の最善の種類は個別指導であると言う事は明白である。
一人の教師が一人の生徒を指導するコースは明らかに間違いなく最善の種類のコースである。
人間の潜在的な可能性が最大の程度まで開発出来るのはこのような条件の下においてだけである。
一人の教師が多くの子供達を指導するクラスにより特徴付けられる形式教育は非常に劣ったシステムである。
それぞれの子供は関心と能力においてその他の子供から異なっているが、
教師は一度に一つの事だけしか教える事が出来ないので、
全ての学校のクラスは一つの統一的な型にその指導の全てを流し込まなければならないと言うのは明白である。
どうやって、どんなペース、タイミング或いはバラエティで教師が指導するかに関わらず、
彼は子供達の一人一人に暴力を振るっている。
全ての学校教育は不適切な統一性の画一的な方法にそれぞれの子供を無理やり押し込む事に関係する。
マレー・ロスバード、Education: Free and Compulsory.
マレー・ロスバードは20世紀のアメリカ合衆国における代表的な自然法哲学者、経済学者、歴史学者である。
彼はリバタリアン運動の中心的な指導者の一人であり、20世紀で最も偉大なリバタリアン理論家、ミスター・リバタリアンとも呼ばれる。
5894651 >>1
現代の豊かな先進国の経済条件においてしか維持できない児童福祉政策を子供の権利などと主張する児ポ法カルトの不条理に関して:
"権利"とは哲学的に言って、人間と実在の性質に深く組み込まれている物、どんな時にも全ての時代において保護され、
維持される事が出来る様な物でなければならない。自分の生命と財産を守る、自己所有の"権利"は明らかにその種の権利である、
それはネアンデルタール人にも近代のカルカッタにおいても現代の合衆国においても適用されることが出来る。
このような権利は時代や場所と無関係である。
しかし"仕事への権利"や"一日三度の食事"への権利や"12年の学校教育"への権利は同様に保障される事は出来ない。
ネアンデルタール人の時代や近代のカルカッタにおいて存在出来なかった様に、このような権利は存在出来ないと考えられないだろうか?
現代の産業的な条件においてだけ満たされる事が出来る物として"権利"を話すことは少しも人間の自然的権利について話すことではない。
マレー・ロスバード、For a New Liberty.
マレー・ロスバードは20世紀のアメリカ合衆国における代表的な自然法哲学者、経済学者、歴史学者である。
彼はリバタリアン運動の中心的な指導者の一人であり、20世紀で最も偉大なリバタリアン理論家、ミスター・リバタリアンとも呼ばれる。
少なくとも千年以上に渡って、日本人は集団カルトの中で最も純粋な利他主義を教えられている。
"自分が望む様に生きる為の権利のアイディアは日本人の精神の中に入る事は出来ない。...
そこでは人の時間や努力は排他的に彼自身のものと考えられる事はない。
彼が生きる権利は集団に仕える彼の意志に依存している。...個人は集団の為に完全に犠牲にされる。...
集団内の全てのメンバーは彼の仲間のメンバーの行動を注意深く監視しなければならない。...
クラス活動、集団の利益、社会的影響は最重要になる。
そして生徒達が洗脳される支配的な哲学はいかなる普遍的或いは永久的な道徳的価値や基準も存在しないとする"道具主義"の哲学である。
生徒達の最も印象的な結果は"道徳的自由の恐るべき欠落"である。証拠も論理も彼らが育てられている靄まで届く事はない。...
彼らは"私はあなたに同意しない"と言うかもしれない、しかし彼らは反対の為の理由を与える事は出来ない。
彼らは全く説得されないが彼らは反論において主張を提示する事は出来ない。
言い換えると、考える事を求められた時、彼らは唯一の権威としてクラス、集団、
"社会的流行"を受け入れる様に訓練されているので、そうする事が出来ない。...
ある答えは正しいか誤りであると言う本質的なアイディアは曖昧にされる、そしてその仕事それ自身が無意味なものに見えるようにされる。
このようにしてあらゆる方法において幼少期において知性と個性の開発の為に適切に向けられる
人間のエネルギーの自然的はけ口は抑えられ、蝕まれる、そして学習の目的はそれ自体で真である事を
学ぶ事でもなければこのような知識を用いて独立性を開拓する事でもなく、恣意的な権力に阿り服従する事になる。
イザベル・パターソン、The God of the Machine.
イザベル・パターソンはアメリカのジャーナリスト、政治哲学者、対日研究家、文学批評家である。
彼女は合衆国の日本化=社会主義化を批判し、現代リバタリアン運動に大きな影響を与えた。 894651 >>1
要するに、全ての子供は彼が生まれてそれ故にもはや彼の母親の身体内部に含まれなくなるや否や独立した存在であり、
可能的な成人であると言う理由で自己所有権を所有すると言う事になる。
それ故に親が彼を不具にして、拷問して殺す事により彼の身体に対して侵略を仕掛ける事は必ず不正であり侵害である。
他方で、"権利"の概念自体は誰も適切に干渉する事が出来ない個人の行動の領域を定める"消極的な"ものである。
それ故に誰も積極的な行動を行う様に誰かを強いる"権利"を持つ事は出来ない、
その場合にはその強制は、強制されている個人の身体や財産の権利を侵害する。
こうして、我々はある人は彼の財産に対する権利(言い換えれば、彼の財産が侵害されない権利)を持つと述べる事が出来るが、
我々は誰かは"生存賃金"に対する"権利"を持つと述べる事は出来ない、
それは誰かがこのような賃金を彼に提供する様に強いられると言う事を意味する、
そしてそれは強制されている人の所有権を侵害するからである。
結果として、これは、自由社会においては、誰も別の誰かの為に何かを行う為の法的義務を負わされる事は出来ないと言う事を意味する、
なぜならそれは前者の権利を侵略するからである、
そしてある人が別の人に対して持つ唯一の法的な義務はその他の人の権利を尊重する事である。
マレー・ロスバード、The Ethics of Liberty.
マレー・ロスバードは20世紀のアメリカ合衆国における代表的な自然法哲学者、経済学者、歴史学者である。
彼はリバタリアン運動の中心的な指導者の一人であり、20世紀で最も偉大なリバタリアン理論家、ミスター・リバタリアンとも呼ばれる。
彼の年齢に関わらず、我々は逃げ出す為の、そして彼を自由意思に基づいて受け入れる新しい養親を見つける為の、
或いは彼自身で自立して生きていく事を試みる為の絶対的な権利を全ての子供に認めなければならない。
親達は帰ってくる様に子供を説得する事を試みる事が出来るが、彼らを連れ戻す為に暴力を用いる事は
全く容認し得ない子供達の奴隷化であり彼らの自己所有権の侵害である。
マレー・ロスバード、The Ethics of Liberty.
マレー・ロスバードは20世紀のアメリカ合衆国における代表的な自然法哲学者、経済学者、歴史学者である。
彼はリバタリアン運動の中心的な指導者の一人であり、20世紀で最も偉大なリバタリアン理論家、ミスター・リバタリアンとも呼ばれる。
561897 >>1
自然的財産理論によれば、一度生まれた子供はその他の全ての人と同じぐらい彼自身の身体の所有者である。
これ故に、子供は物理的に侵略されない事を期待出来るだけでなく、また彼の身体の所有者として、
子供はとりわけ一度彼が物理的に彼の両親から逃げ出す事が出来る様になったならば
彼らの下から去る権利を持つ、そして彼を取り戻す為の彼らの考え得る試みを拒否する権利を持つ。
Hans-Hermann Hoppe、A Theory of Socialism and Capitalism.
Hans-Hermann Hoppeは現代のアメリカ合衆国を代表する自然法哲学者、経済学者、社会学者の一人である。
彼はドイツでユルゲン・ハーバーマスに師事し、その後にアメリカ合衆国でマレー・ロスバードに師事した。
子供達が彼らの親達の家で暮らす間、親達は子供達の自己所有権を侵害しない範囲で
その家の継続的な使用に関する条件、例えば門限時間等を定める権利を持つ。
他方で子供達は彼らの親達の家を離れるか逃げ出す事への絶対的な権利を持っている、
子供達が彼らの親達の家から離れたか逃げ出したならば、その他の人の権利を侵害しない範囲で間違いを犯す権利を含む、
その他の全ての人に適用される物と全く同じ正義の原理が彼らに適用されなければならない。
ウィリアムソン・エヴァ―ス、The Law of Omissions and Neglect of Children.
ウィリアムソン・エヴァ―スは現代のアメリカ合衆国の代表的な自然法哲学者、教育学者の一人である。
彼はスタンフォード大学フーヴァー研究所とインデペンデント研究所の主任研究員である。
もし子供が大人になる唯一の方法が彼自身の意思によって親から自立し、大人としての地位を確立する事であるならば、
その時は親はこの選択を妨害する権利を持たない。従って、親は子供が彼らの家から去る事を禁止する事は出来ない。
親は子供が彼らの家に留まる限りにおいてその子供に対してその他の権利と義務を持つだけである。
親が子供の自立を妨げる事は許されない。そうする事は子供が大人になる過程を否定する事である。
...
子供との労働契約は彼の年齢、経験不足等を考慮した場合、本当に自由意思に基づいていると言えるのだろうか?
その答えは、イエスである。彼らの親の家を去り自立する事を試みる事が出来る全ての個人は
自由意思に基づく契約を結ぶ事が出来るまで十分に成熟している。彼はもはや子供ではないのである。
その反対の答えは我々が理解する様に、子供が自立して彼自身の運命を切り開き大人になる事を禁じる事である。
ウォルター・ブロック、Defending the Undefendable.
ウォルター・ブロックはアメリカ合衆国の経済学者である。
彼はルートヴィヒ・フォン・ミーゼス研究所の主任研究員であり、北米の代表的なリバタリアン指導者の一人である。
561987 >>1
全ての人は彼自身の身体に対する所有権を持つ。その他の誰も彼の身体に対する権利を持たない。
彼の身体の労働及び彼の手の作業は適切に彼のものであると言って良い。
自然が提供していた、自然のままの状態から取り除いたものが何であれ、
彼は彼の労働をそれに混ぜ合わせ、彼自身のものである何かをそれに結合し、
それを彼の財産にする、それは彼により自然のままの共有状態から取り除かれている、
それはこの労働によりその他の人々の共有の権利を排除する様なそれに付加された何かを持つ。
この労働者の議論の余地のない特性である労働の為に、
彼以外の誰も一度結び付けられたものに対する権利を持つ事は出来ない。
ジョン・ロック、Two Treatises of Government.
ジョン・ロックはイギリスの自然法哲学者、医師である。彼の自然権のアイディアは現代のリバタリアン人権理論に大きな影響を与えた。
理性が我々に伝える様に、全ての人は生まれながらにして自然的に平等であり、彼らの身体への等しい権利を持つ...
全ての人は彼自身の身体を所有する権利を持つ。彼の身体の労働と彼の手の働きは適切に彼自身の物であり、
彼以外の誰もそれを所有する権利を持たない。
そしてそれ故に、彼が何かを自然のままの共有状態から取り除いた時、彼はそれに彼の労働を混ぜ合わせ、
そしてそれを彼自身の物にする様な何かを付け加え、それによってそれを彼の財産にすると言う事になる。
...そしてもし全ての人が彼自身の身体と財産への権利を持つならば、
彼はまたそれらを防衛する権利を持つ...そして彼の身体と財産への全ての攻撃を処罰する権利を持つ。
エリシャ・ウィリアムス、The essential Rights and Liberties of Protestants.
エリシャ・ウィリアムスはアメリカ合衆国の自然法哲学者、牧師、イェール大学の四代目学長である。98451 消費者保護や労働者保護や児童保護がまったく機能していない。
公務員とか資格保持者とは、単なる搾取階級で、不正をしても裁判所まで無罪判決。
業務上過失で単純過失より重く罰せられるのは一般国民だけ。
医者や弁護士や税理士や教員などは、むしろ、資格があるがゆえに犯罪すら免責される。
多様な高学歴者を教員に招くと、その中にはアカ(共産思想)を持った人も紛れ込む。
で、帝國に反する者を弾圧したい日帝が、教員免許を大きく制限して、
超純粋培養の教員だけで置き換えた結果が、こうなった。
つまり、ばれなければ、どのような悪事でも平気で行う教員、
悪事をしないのではなく、悪事を隠蔽することに熱心な教員。
これが日帝の分身である教員だ。
女子高生も逮捕しないと無くならないだろな。
そもそも、そこらへん歩いてる高校生捕まえて売らないか聞くわけじゃないし。
考えてもみよ。
何で皇族を離れるだけで、「税金」から1億5000万円も、もらえるのか?
普通、収入など自分で稼ぎ出すものだろ?
違うか?
口先巧みに税金を盗み出す奸物だ。
JKも悪いかもしれない。
だとしても、JKは15歳前後、教員は30歳とか40歳前後で有資格者。
年齢分で、教員の責任は2倍から3倍。
で、資格保持分で教員の責任は、さらに10倍程度。
だから、〆て、(教員の責任):(JKの責任)=30:1程度。
まあ、JKが罰金1万円なら、教員は懲戒解雇、免許剥奪、執行猶予なしの禁錮2ヶ月。
昔は16歳の処女JKと付き合ってても大丈夫だったのにな〜
だいたい高校教師なんてのはロクなのいないから、概ねカス
教育なんてホントは何の興味もないくせに
とりあえず馬鹿でも勉強さえできれば安定収入が見込めるから仕方なくセンコーやってるだけのカス
教育なんかハナから興味ないし、そもそも他人のガキの相手なんて御免こうむりたい
それが本音だからよりガキ度の高い小中を避けて高校教師を選ぶ
そんなゴミの集まりだよ、特に公立はな、ほぼゴミしかいねぇ
苗字でわかる本土人だな
北から南まで教師は見事に同じ趣味してんな
田川最高かよwww
でもあいつはいつかやると思ってたわw
やっぱりサイコパスでしたねw
まぁ物理潰れたし楽しい話題が増えたから嬉しいわ
おっぱいの大きな女子生徒に囲まれながらどんな思いで授業や教育を教えていたんだろう?
>>69
沖縄は暑いから授業中は胸元のおっぱいの谷間全開に開けた格好で下敷き仰いで暑さをしのいでいても、授業中はずっと汗が止まらなくておっぱいの谷間に流れまくってるんだよね。
おっぱいの谷間に流れまくってる汗と、濡れた制服で透けて見える裸を見ながら授業を教えるのが沖縄だよね。 >>1
もし平等な自由の法が大人にだけ適用されるならば、つまり、人は権利を持つが、子供は権利を持たないと主張されるならば、
我々は直ちに次の質問に遭遇する事になる、つまり、子供はいつ人になるのですか?
一体どんな時期に人間は権利を持たない状態から抜け出し、権利を持つ状態に入るのですか?
返答として制定法の恣意的な宣言を引用するほどの愚かさを持つ者は存在しないだろう。
その質問は制定法を超える根拠に対してである、つまり、平等な自由の法による人間の認識は
一体どんな属性に依存するのかについての説明の要求である。
若者は彼の声の高さが1オクターブ下がった時に人間としての権利を認められるべきだろうか?
或いは、彼が髭を剃り始めた時か?或いは彼が成長をやめた時か?
或いは、彼が100キロの重さを持ち上げる事が出来る様になった時か?
我々は年齢や身長や体重や筋力や生殖能力や知力のテストを採用するべきか?
…人は平等な自由の法が創造主の意志から演繹される一連の推論が子供に認められないと言う事を示す事が出来ない限り、
そして彼が一体いつ子供は大人になるのかを正確に示す事が出来ない限り…彼は子供と大人の権利は等しいと認めなければならない。…
平等な自由の法は大人だけではなく子供にも適用される。その結果として子供達の権利は大人の権利と等しい。
それらの権利を侵害するので、強制の使用は誤りである。現在親と子供の間に一般的に存在している関係はそれゆえに邪悪である。
多くの人々はこれらの主張を感情的に否定するかも知れないが、我々は感情的な異議を無視して論理的に正しい結論を支持しなければならない。
ハーバート・スペンサー、Social Statics.
ハーバート・スペンサーはイギリスの哲学者、社会学者である。