酒の醸造を指揮する杜氏(とうじ)や酒蔵で働く蔵人(くらびと)が減り続けている。大手酒造会社では社員が中心となって季節に関わらず造る「四季醸造」が定着し、一部の高級品に携わってきた杜氏らも高齢となり現役を退きつつある。造り手の確保に悩む中小の蔵ではITを駆使した醸造も広がっている。
酒どころの神戸・灘にある菊正宗酒造で2月下旬、社員たちが木おけに入った米とこうじを足で踏んでかき混ぜていた。酒米を発酵させる?(もと)を造る重要な工程だが、社員主体で取り組むのは今季が初めて。昨年まで杜氏を務めた小島(おじま)喜代輝さん(78)は、社員の指導に徹する。
1965年ごろから冷蔵設備のある蔵で四季醸造に取り組んできた菊正宗でも、付加価値の高い「生?(きもと)造り」は冬場に小島さんや蔵人が担ってきた。だが、蔵で寝泊まりして発酵を管理する重労働のため、高齢の蔵人が集まりにくくなり、小島さんも体力の限界を理由に第一線から退いた。
小島さんは兵庫県篠山市で農業を営む。丹波篠山地方では、農閑期の冬場に神戸などへ出稼ぎをする杜氏らが「丹波杜氏」と呼ばれ、酒どころを支えてきた。小島さんが菊正宗で働き始めた58年ごろはほとんど手作業で、同郷の先輩から酒造りを学んだ。「杜氏は酒造りの文化を担ってきた。作業の一つ一つに意味があることを社員に伝え続けていきたい」と小島さん。今年の秋には社員が主体となって仕込んだ初めての酒が店頭に並ぶ。
丹波杜氏以外にも、全国には南部杜氏(岩手県)など各地に杜氏グループがあり、全国団体の日本酒造杜氏組合連合会にはピークだった65年度、3683人の杜氏、2万4392人の蔵人が所属した。その後、農閑期の出稼ぎが減るとともに大手メーカーでは四季醸造や機械化が進み、造り手は醸造学を専攻した社員たちが中心となり、2016年度は杜氏694人、蔵人は1553人まで減少。「獺祭(だっさい)」で知られる旭酒造(山口県)にも杜氏はおらず、99年から社員がデータに基づいた醸造に取り組む。
四季醸造の設備を持たない中小の酒蔵では、杜氏や蔵人の確保に悩むケースも増えている。杜氏を社長が兼務したり、社員による酒造りに移行したりする酒蔵も目立つ。こうした酒蔵に向け、大阪市の電子機器メーカー「ラトックシステム」は、ITを活用した支援システムを17年に開発。タンクの温度などをセンサーで監視し、スマートフォンで発酵状況が分かる仕組み。蔵で寝泊まりしなくても管理でき、京都府の中小酒蔵などで導入が進む。
一方、昔ながらの酒造りに取り組む酒蔵もある。兵庫県姫路市の田中酒造場では、杜氏や蔵人がてこの原理を用いた江戸時代の技法「石掛け式天秤(てんびん)搾り」で酒を搾る。全国新酒鑑評会金賞の常連である同社は、伝統の製法にこだわることで杜氏や蔵人を引きつける。田中康博代表は「ここに杜氏さんが来てくれるうちは、伝統的な酒造りを守り続けたい」と言葉に力を込める。
毎日新聞 2018年4月4日 17時32分
https://mainichi.jp/articles/20180405/k00/00m/040/011000c