多頭飼育崩壊を経験した男性。現在は動物愛護団体の支援を受けながら、猫に避妊・去勢手術を施し飼育している=名古屋市内で
多頭飼育されている猫=名古屋市内で
廃虚のような部屋だった。昨夏、名古屋市西区の動物愛護団体「花の木シェルター」代表の阪田泰志さん(35)が、支援に立ち入った名古屋市の六十代の男性のアパート。2LDKの部屋は、強烈なアンモニア臭が漂う。猫のふんが堆積し、ごみが散乱。猫が引っかいた壁紙ははがれ、家具はなぎ倒されていた。多頭飼育崩壊の典型例だった。
近所の住民からシェルターに相談があり、約四十匹の猫に避妊・去勢手術を施した。一度に大量の猫を市動物愛護センターに引き渡すと、殺処分される可能性が高い。そのため、今はシェルターが管理しながら、男性が飼育を続けている。
約八年前、男性と同居の親族が捨て猫四匹を拾ってきた。初めてのことで、一匹数万円する避妊・去勢手術を知らず、猫は増え続けた。愛着がわいたが、その後に一人暮らしとなり、世話が間に合わず近所から苦情が相次いだ。手術しようにも、数が多すぎて金銭的に難しい。汚れが激しい部屋で眠れず、自分の軽乗用車で寝泊まりした。
シェルターの介入で、当時より環境は改善されたが、悪臭は今も染み付いたまま。押し入れで固まる猫たちは人慣れせず、近づくと一斉に逃げる。餌代は月約六万円。男性は、二トントラック二台分のごみとともに壊れた家具を処分し、電気毛布一枚で猫と寝食をともにする。「猫たちが天寿を全うしたら、もう二度と飼わない」と後悔する。
市は崩壊「予備軍」をいち早く把握・管理できるよう、二〇一九年度中に犬や猫を多数飼う場合の届け出を義務付ける方針だ。環境省によると、一六年時点で届け出制度を設けているのは全国で十六自治体。一六年度から始めた札幌市では、犬猫合わせて十匹以上が対象となり、未届けは五万円以下の過料が科される。現在、五十一世帯が届け出ており、担当者は「以前は行政が関与しにくかったが、近隣から苦情などが寄せられれば、すぐに指導や助言ができる」と語る。
一方、崩壊する世帯は以前と変わらず、年数件ある。「予備軍」の自覚がない飼い主は、地域や行政と接触を避けるケースが多く、届け出を促すことが困難だからだ。「根底には飼い主の精神的な問題や経済状況があり、制度だけでは完全な抑止力にはならない」と担当者。
環境省は、早期発見や飼い主との関係維持に努める重要性などを盛り込んだガイドラインの策定を急ぐ。自治体には、動物愛護の部署だけでなく、ケースワーカーや公営住宅の管理部門などとの連携も求める。
阪田さんは「自治体は多頭飼育崩壊に陥った人に何のサポートもしない。だが、現実に崩壊している家があり、それが猫の虐待や、近隣トラブルにつながり、殺処分数がゼロに近づかない。改善が見込めない場合は、手術費を負担するなど具体的な対策が必要だ」と訴える。
◇
インターネットや会員制交流サイト(SNS)に、かわいらしい犬猫の写真があふれる。空前のペットブームだ。だがその陰に、劣悪な環境での飼育に苦しめられたり、人の勝手な都合で命を絶たれたりする動物がいる。対策に乗りだそうとする名古屋市の事例をみる。(小沢慧一)
<多頭飼育崩壊> ペットが増えすぎるあまり、世話ができなくなってしまう状態。犬や猫など、ペットをため込む人は「アニマルホーダー」と言われ、近年、社会問題化。劣悪な環境で飼育された動物は、皮膚病や感染症、呼吸器疾患などのリスクが増す。飼い主が崩壊に陥る原因としては、避妊・去勢手術費用がないなどの経済的問題や、精神的な問題が影響していることが多い。効果的なカウンセリングなど治療法は確立されておらず、再発率はほぼ100%といわれている。
中日新聞 2019年4月28日
https://www.chunichi.co.jp/article/aichi/20190428/CK2019042802000245.html
多頭飼育されている猫=名古屋市内で
廃虚のような部屋だった。昨夏、名古屋市西区の動物愛護団体「花の木シェルター」代表の阪田泰志さん(35)が、支援に立ち入った名古屋市の六十代の男性のアパート。2LDKの部屋は、強烈なアンモニア臭が漂う。猫のふんが堆積し、ごみが散乱。猫が引っかいた壁紙ははがれ、家具はなぎ倒されていた。多頭飼育崩壊の典型例だった。
近所の住民からシェルターに相談があり、約四十匹の猫に避妊・去勢手術を施した。一度に大量の猫を市動物愛護センターに引き渡すと、殺処分される可能性が高い。そのため、今はシェルターが管理しながら、男性が飼育を続けている。
約八年前、男性と同居の親族が捨て猫四匹を拾ってきた。初めてのことで、一匹数万円する避妊・去勢手術を知らず、猫は増え続けた。愛着がわいたが、その後に一人暮らしとなり、世話が間に合わず近所から苦情が相次いだ。手術しようにも、数が多すぎて金銭的に難しい。汚れが激しい部屋で眠れず、自分の軽乗用車で寝泊まりした。
シェルターの介入で、当時より環境は改善されたが、悪臭は今も染み付いたまま。押し入れで固まる猫たちは人慣れせず、近づくと一斉に逃げる。餌代は月約六万円。男性は、二トントラック二台分のごみとともに壊れた家具を処分し、電気毛布一枚で猫と寝食をともにする。「猫たちが天寿を全うしたら、もう二度と飼わない」と後悔する。
市は崩壊「予備軍」をいち早く把握・管理できるよう、二〇一九年度中に犬や猫を多数飼う場合の届け出を義務付ける方針だ。環境省によると、一六年時点で届け出制度を設けているのは全国で十六自治体。一六年度から始めた札幌市では、犬猫合わせて十匹以上が対象となり、未届けは五万円以下の過料が科される。現在、五十一世帯が届け出ており、担当者は「以前は行政が関与しにくかったが、近隣から苦情などが寄せられれば、すぐに指導や助言ができる」と語る。
一方、崩壊する世帯は以前と変わらず、年数件ある。「予備軍」の自覚がない飼い主は、地域や行政と接触を避けるケースが多く、届け出を促すことが困難だからだ。「根底には飼い主の精神的な問題や経済状況があり、制度だけでは完全な抑止力にはならない」と担当者。
環境省は、早期発見や飼い主との関係維持に努める重要性などを盛り込んだガイドラインの策定を急ぐ。自治体には、動物愛護の部署だけでなく、ケースワーカーや公営住宅の管理部門などとの連携も求める。
阪田さんは「自治体は多頭飼育崩壊に陥った人に何のサポートもしない。だが、現実に崩壊している家があり、それが猫の虐待や、近隣トラブルにつながり、殺処分数がゼロに近づかない。改善が見込めない場合は、手術費を負担するなど具体的な対策が必要だ」と訴える。
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インターネットや会員制交流サイト(SNS)に、かわいらしい犬猫の写真があふれる。空前のペットブームだ。だがその陰に、劣悪な環境での飼育に苦しめられたり、人の勝手な都合で命を絶たれたりする動物がいる。対策に乗りだそうとする名古屋市の事例をみる。(小沢慧一)
<多頭飼育崩壊> ペットが増えすぎるあまり、世話ができなくなってしまう状態。犬や猫など、ペットをため込む人は「アニマルホーダー」と言われ、近年、社会問題化。劣悪な環境で飼育された動物は、皮膚病や感染症、呼吸器疾患などのリスクが増す。飼い主が崩壊に陥る原因としては、避妊・去勢手術費用がないなどの経済的問題や、精神的な問題が影響していることが多い。効果的なカウンセリングなど治療法は確立されておらず、再発率はほぼ100%といわれている。
中日新聞 2019年4月28日
https://www.chunichi.co.jp/article/aichi/20190428/CK2019042802000245.html