国の天然記念物に指定されている「奈良のシカ」がお菓子の袋などを食べ、体調を崩して死ぬケースが相次いでいる。
シカの保護活動に取り組む「奈良の鹿愛護会」が死んだシカを解剖したところ、ポリ袋とみられる4・3キロもの異物が胃から出てきたケースも。お菓子の袋には食べ物のにおいが付いており、シカが落ちている袋を食べ物と勘違いしたり、観光客がお菓子を与える際に誤って食べてしまうケースが目立つという。背景には外国人を含む観光客の増加でマナーが徹底できない事情がある。(桑島浩任)
■6頭から大量の異物
「東大寺の近くに様子のおかしいシカがいる」
3月23日、「奈良の鹿愛護会」に通行人からこんな連絡があった。職員が現場に向かい、東大寺南大門付近でやせ細ったシカ1頭を保護。ひどく衰弱していた上、餌にもほとんど口をつけず、翌日死んだ。
シカは17歳ぐらいのメスで、適正体重を約10キロも下回る30キロしかなかった。同会が解剖したところ、ポリ袋とみられる異物のかたまりが胃をほぼ埋め尽くしていたという。その量は3・2キロ。「これでは食べても栄養をほとんど吸収できない。苦しかったはず」。解剖を担当した同会の丸子理恵獣医師(51)はそう話す。
反芻(はんすう)動物のシカは4つの胃を持っており、異物は第1胃から見つかった。第1胃は食べた草を微生物などの力を借りて発酵させ、栄養を吸収する役割がある。異物が詰まっていると正常に機能せず、次の胃に食べたものを送ることができない。
シカを治療する器具は少ないといい、「小型犬や猫のように内視鏡は使えないし、手術で胃を開くのはリスクが高すぎる。できることはあまりない」と丸子獣医師。
慢性的な人手不足もあり、同会はこれまで死んだシカの解剖には積極的ではなかった。だが丸子獣医師は昨年11月、夏毛のまま、やせ細って死んだシカの死因に疑問を持ち、解剖に踏み切った。すると、今回と同じように胃からポリ袋が見つかった。
そこで今年3月以降、死因が不明のシカ8頭を改めて解剖したところ、冒頭に挙げた1頭を含む6頭から大量の異物が見つかった。異物は最大のもので4・3キロもあったという。
看板設置も効果薄く
こうした事案が相次ぐ背景には、外国人を含む観光客の増加がある。
ゴールデンウイーク最終日の5月6日、観光客でごった返す奈良公園を訪れてみた。目についたのは飲食物が入ったポリ袋を持ちながら、シカとたわむれる外国人観光客の姿だった。
同会によると、シカの成獣の肩高は72〜85センチ。手から提げたポリ袋はちょうどシカの顔の高さにくる。シカがポリ袋をくわえ、外国人観光客と引っ張り合う光景も目撃したが、その後、シカは食いちぎった切れ端を食べてしまった。
なぜポリ袋を食べるのか。同会の職員は「観光客らがお菓子などを与え、においが似たものを食べ物と誤って認識してしまったのではないか」とみる。
奈良県などは昨年、鹿せんべいの正しい与え方を英語、中国語、日本語で記した看板を公園内の鹿せんべい販売所に設置。「鹿せんべい以外の食べ物は与えないで!」と注意喚起しているが、効果は薄い。丸子獣医師は「(ポリ袋だけでなく)人間の食べ物を食べれば、シカの胃に生息する微生物のバランスが崩れ、機能が正常に働かなくなる恐れがある」と話す。
奈良公園ではごみのポイ捨ても横行しており、職員は「見つけたらすぐに拾うようにしているが、シカが落ちている袋をどれだけ食べているかは分からない」とお手上げの様子。マナー違反は、シカの命を危険にさらすことにもなり、同会は観光客らに根気強く注意を呼びかけている。
■適切な距離保って
こうした中、奈良市の印刷会社「新踏社」は3月、観光客向けに、奈良特産の蚊帳生地を使ったエコバッグ「OTOMO(おとも)」(税込み1350円)を発売した。鹿の子模様のデザインと、小さな風呂敷のような形状が特徴で、折りたたんで持ち運べる。ネット通販や土産物屋を中心に販売し、観光客に普及させたい考え。同社の安達研社長(59)は「シカによるごみの誤飲が多いという現状を知り、何かできることはないか」と考えたという。
観光客のマナーを自発的に改善させる方法はないものか。丸子獣医師は「子ジカは親をまねるので、(マナー違反をすれば)不幸なシカを増やすことになる。適切な距離を保って、シカと接してほしい」と訴えている。
2019年5月25日 12時1分
産経新聞
http://news.livedoor.com/article/detail/16514653/
シカの保護活動に取り組む「奈良の鹿愛護会」が死んだシカを解剖したところ、ポリ袋とみられる4・3キロもの異物が胃から出てきたケースも。お菓子の袋には食べ物のにおいが付いており、シカが落ちている袋を食べ物と勘違いしたり、観光客がお菓子を与える際に誤って食べてしまうケースが目立つという。背景には外国人を含む観光客の増加でマナーが徹底できない事情がある。(桑島浩任)
■6頭から大量の異物
「東大寺の近くに様子のおかしいシカがいる」
3月23日、「奈良の鹿愛護会」に通行人からこんな連絡があった。職員が現場に向かい、東大寺南大門付近でやせ細ったシカ1頭を保護。ひどく衰弱していた上、餌にもほとんど口をつけず、翌日死んだ。
シカは17歳ぐらいのメスで、適正体重を約10キロも下回る30キロしかなかった。同会が解剖したところ、ポリ袋とみられる異物のかたまりが胃をほぼ埋め尽くしていたという。その量は3・2キロ。「これでは食べても栄養をほとんど吸収できない。苦しかったはず」。解剖を担当した同会の丸子理恵獣医師(51)はそう話す。
反芻(はんすう)動物のシカは4つの胃を持っており、異物は第1胃から見つかった。第1胃は食べた草を微生物などの力を借りて発酵させ、栄養を吸収する役割がある。異物が詰まっていると正常に機能せず、次の胃に食べたものを送ることができない。
シカを治療する器具は少ないといい、「小型犬や猫のように内視鏡は使えないし、手術で胃を開くのはリスクが高すぎる。できることはあまりない」と丸子獣医師。
慢性的な人手不足もあり、同会はこれまで死んだシカの解剖には積極的ではなかった。だが丸子獣医師は昨年11月、夏毛のまま、やせ細って死んだシカの死因に疑問を持ち、解剖に踏み切った。すると、今回と同じように胃からポリ袋が見つかった。
そこで今年3月以降、死因が不明のシカ8頭を改めて解剖したところ、冒頭に挙げた1頭を含む6頭から大量の異物が見つかった。異物は最大のもので4・3キロもあったという。
看板設置も効果薄く
こうした事案が相次ぐ背景には、外国人を含む観光客の増加がある。
ゴールデンウイーク最終日の5月6日、観光客でごった返す奈良公園を訪れてみた。目についたのは飲食物が入ったポリ袋を持ちながら、シカとたわむれる外国人観光客の姿だった。
同会によると、シカの成獣の肩高は72〜85センチ。手から提げたポリ袋はちょうどシカの顔の高さにくる。シカがポリ袋をくわえ、外国人観光客と引っ張り合う光景も目撃したが、その後、シカは食いちぎった切れ端を食べてしまった。
なぜポリ袋を食べるのか。同会の職員は「観光客らがお菓子などを与え、においが似たものを食べ物と誤って認識してしまったのではないか」とみる。
奈良県などは昨年、鹿せんべいの正しい与え方を英語、中国語、日本語で記した看板を公園内の鹿せんべい販売所に設置。「鹿せんべい以外の食べ物は与えないで!」と注意喚起しているが、効果は薄い。丸子獣医師は「(ポリ袋だけでなく)人間の食べ物を食べれば、シカの胃に生息する微生物のバランスが崩れ、機能が正常に働かなくなる恐れがある」と話す。
奈良公園ではごみのポイ捨ても横行しており、職員は「見つけたらすぐに拾うようにしているが、シカが落ちている袋をどれだけ食べているかは分からない」とお手上げの様子。マナー違反は、シカの命を危険にさらすことにもなり、同会は観光客らに根気強く注意を呼びかけている。
■適切な距離保って
こうした中、奈良市の印刷会社「新踏社」は3月、観光客向けに、奈良特産の蚊帳生地を使ったエコバッグ「OTOMO(おとも)」(税込み1350円)を発売した。鹿の子模様のデザインと、小さな風呂敷のような形状が特徴で、折りたたんで持ち運べる。ネット通販や土産物屋を中心に販売し、観光客に普及させたい考え。同社の安達研社長(59)は「シカによるごみの誤飲が多いという現状を知り、何かできることはないか」と考えたという。
観光客のマナーを自発的に改善させる方法はないものか。丸子獣医師は「子ジカは親をまねるので、(マナー違反をすれば)不幸なシカを増やすことになる。適切な距離を保って、シカと接してほしい」と訴えている。
2019年5月25日 12時1分
産経新聞
http://news.livedoor.com/article/detail/16514653/