尖閣諸島の領海から中国公船を追い出し、日本海では北朝鮮の違法操業漁船の取り締まりに汗を流し、洋上の麻薬取り引きに目を光らせる――。宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を地で行くような海の治安機関「海上保安庁」。
その海上保安庁で働く海上保安官に、大学卒業者がほとんどいないことをご存じだろうか。
海上保安官として欠かせない専門科目や技能の習得に4年以上を要するためで、幹部を養成する海上保安大学校には、高校を卒業して入校するコースしかなかった。しかし、冒頭で挙げたような業務の急増に伴い、今年から大学卒業者にも門戸を開き、2年間で幹部を速成することになった。
採用予定は約30人。少子化が進む中、官民問わず各業界は優秀な若者の取り合い状態。海上保安庁では「何人の応募があるだろうか」と息を凝らして見つめている。
ブームは去ったが、業務は急増
海上保安庁は、かつて漫画やテレビドラマで話題になった『海猿』の舞台である。同作は海上保安官の中でも特殊な技能をもつ「潜水士」を描いた物語だったが、おかげで一時、海上保安官を目指す若者が海上保安庁に殺到した。
そのブームが去る一方で、近年業務は急増。これまでの採用のあり方では必要な人員の確保が難しくなり、採用制度を見直した。
海上保安庁の職員は約1万4000人。このうち地上勤務が約8000人、現場は船舶・航空機で約6000人いる。国土交通省から出向中のキャリア組官僚38人を除けば、大半は海上保安官で、地上勤務と現場は定期的に交代する。
海上保安官になるには、幹部コースの海上保安大学校(在籍約60人)へ進むか、一般課程の海上保安学校(同約600人)へ入学するかの二通りの方法がある。
このうち保安大学校は高卒者しか受験資格がなかった。大卒者を除外していたのは、専門科目や技能の習得に4年9カ月を要するためで、高卒者なら修了時に22歳だが、大卒者は26歳を越えてしまい、組織内で出遅れてしまうからだ。
定年退職予定者にも声を掛け…
今回始まる新たな採用制度は、海上保安大学校の受験資格者に大卒者を含め、受験年齢も30歳未満とした。基礎教育を省いた新たなカリキュラムをつくって、教育期間をこれまでの半分以下の2年間とし、卒業後ただちに初級幹部にあたる三等海上保安正に任官させる。
ちなみに、学生は海上保安大学校入校と同時に海上保安官である一等海上保安士となり、大卒者の場合、月給約18万円が支給される。三等海上保安正への昇任後は約27万円に増えるという。
もうひとつの教育機関である海上保安学校は、受験資格者の上限が23歳なので、こちらには以前から大卒者が入校する余地があった。海上保安官の中にわずかにいる大卒者は同校の卒業生だ。ただし一般課程なので、なかなか幹部にはなれない。
今年から海上保安学校の受験資格も30歳未満に引き上げられるため、海上保安大学校と合わせて、受験資格を持った若者の数は格段に増えることになる。
人材確保策はそればかりではない。
海上保安庁を定年前に辞めた人の再雇用や、55歳前後で定年退官する自衛官の採用を強化する。自衛官は主に航空要員ですでに約10人を採用したが、今年だけで約20人を新規採用する。海上保安庁の定年退職予定者にも声を掛けた結果、約7割の700人が再任用を希望し、残ることになった。
「中国船対策」が追いつかない
これだけ人材確保を急ぐ最大の理由は、尖閣諸島における中国公船対策だ。
2012年9月、日本政府による尖閣諸島国有化に反発した中国政府は、同月から公船を尖閣諸島領海や接続水域へ送り込むようになった。
当時、1000トン級の中国公船が40隻だったのに対し、海上保安庁の1000トン級巡視船は51隻で日本側が数的優位に立っていたが、現在は中国が138隻、海上保安庁が67隻と逆転し、しかも大きく水を空けられた。
中国政府は複数あった海上法執行機関を海警局に一本化し、その後、海警局を中央軍事委員会の元に移管して強硬策を執るようになった。尖閣諸島の接続水域への侵入回数は2019年は282日あり、過去最多だった2014年の243日を上回っている。同水域への連続侵入日数も64日間と、やはり2014年の43日間を上回った。
数で劣る海上保安庁は石垣島に「中国海警局対処基地」を開設、「巡視船10隻12チーム」が専従となり、24時間の警戒態勢を敷いている。
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https://gendai.ismedia.jp/articles/-/71435