「相撲は国技」はフィクションだ〜そこにひそむ「ナショナリズム」の正体とは?
このあたりで気づいている読者もいるだろう。大関が優勝直後の場所に12勝し、
その次の場所では13勝で再び優勝した。それでも横綱に推挙される気配もない。
いったいどういうことなのか。
この点にいちばん気づいていたのは、小錦自身だったようだ。1992年3月場所のあ
と、彼はニューヨーク・タイムズの取材に対して、こう語った。「横綱になれない
のは人種差別があるからだ、もし自分が日本人だったら、とっくに推挙されている」
今ならツイッターで炎上ネタになり、トレンドの上位に「小錦」というワードが
来るような出来事だった。24年前にはまだインターネットは普及していなかったが
、アメリカ人力士の小錦が「母国の一流新聞にチクッた」という空気があったのを
、私はほのかに覚えている(ニューヨーク・タイムズの電話取材に応じたのは、
ハワイ出身の付き人だったとされている)。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48119?page=3