私が技能実習生の問題を初めて取材したのは04年。記事を読み返すと、問題の構図はいまもまったく変わっていない。ただ、当時は実習生と言えば、
ほとんどが中国人だった。いまはベトナム人が急増し、新たに来日する実習生の数は16年、中国を追い抜いた。
首都ハノイにある、日本に技能実習生を送り出している会社を訪れた。
「どんなにたいへんでも、がんばります!」。面接でこう言うよう教わっているのだろう。日本語教室で、20歳前後の若者が次々と立ち上がり、
直立不動であいさつをしてくれた。主に地方から出てきた約100人が、ここで寮生活を送りながら日本へ行くために必要な研修を受けている。
「お金を稼ぐことの優先度が、以前より下がっている気がする」
変わりつつあるのは、出身国だけではない。ベトナムの送り出し会社で働く日本人は「お金を稼ぐことの優先度が、以前より下がっている気がする」と言う。
「ワーキングホリデー感覚」。そんなふうに言う関係者もいる。
それは悪いことではない。ただ、彼らの多くが実際に働くのは、日本の若者が避けがちな過酷な現場であり、雇用側が期待するのは、
故郷の家族を助けるためにつらい仕事に耐えるような、いわば「昔の日本人」だ。
晩秋のハノイで出会ったのも、そんな今どきのベトナム人青年だった。間もなく日本へ行く彼と、
音楽関係の仕事を営む父親も同席し、夕食をともにしながら話した。
細身のコートに、すらりとした体を包んだ20台後半の彼は、12歳から本格的にピアノを始め、いまも国立の音楽学校に在籍している。それを休学し、
実習生として自動車工場で働くという。彼は「富士山が好き。日本の女性もきれい。日本に住んでみたい。ベトナムは給料が安いし、交通渋滞がひどいから」と動機を説明した。実習後に帰国したら、日本語の先生になりたいと言う。
送り出し会社などへの費用約90万円は、父親が払った。「日本の会社は従業員を家族のように大事にす
るから大丈夫。日本人の働き方を学んでほしい」と期待する。
今回の派遣が決まる前、彼は農業の実習生に応募して、面接で落ちたことがあったそうだ。
眼鏡のせいかと考え、レーザー治療で視力矯正までしたという。だが、これまでピアノを弾いてきた彼の細くしなやかな手は、確かに農業には向いていなそうだった。
彼らの期待と、雇い主の期待。そのギャップの広がりが、実習制度をさらに危うくしている気がする。
http://globe.asahi.com/feature/article/2017122600012.html