https://www.asahi.com/articles/ASM6K3FW6M6KULFA003.html
高齢化する職場、労災どう防ぐ 思わず叫ぶ疑似体験も
建設現場や工場、スーパーでは人手不足による働き手の高齢化が進み、転倒や転落といった労働災害をどう防ぐかが課題になっています。どう予兆を見つけるのか。どうすれば「私は大丈夫」という過信に陥らずにすむのか。対策に取り組む企業の現場を訪ねました。
職場での転倒事故、スーパーなどで急増 背景に高齢化
JFEスチール西日本製鉄所の倉敷地区(岡山県)では、2004年から全従業員に独自の体力テストを実施している。階段が入り組み、薄暗い場所もある製鉄所内で、安全に作業できるかを調べるためだ。
A3の画板にペットボトルをのせて両手で持つと足元を見られない。この状態で幅10センチ、高さ5センチの平均台を5メートル歩けるか、座った状態から片足で立てるかなどを試す。
5段階評価で「3」以上なら合格だ。「1」になると転倒リスクが高いとして運動指導を受ける。改善がみられないと、産業医の面談を経て、仕事の一部が制限されることがある。
安全健康室の藤岡俊彦さん(62)は設備や作業の安全性をチェックするため、製鉄所内をパトロールする。直近のテストは「4」だったが、若い頃と比べると衰えを感じることもある。「暗さに慣れるのに時間がかかり、つまずくことが増えた気がします」
16年からは、新しいテストを試験的に始めた。横浜国立大学の島圭介准教授や県立広島大学の島谷康司教授が開発した。
島准教授によると、人は姿勢を保つために複数の感覚を使う。例えば、暗い場所では視覚に頼れない。体の傾きを把握する感覚、皮膚や筋肉を通じて手すりを認識する感覚など、状況によって頼る感覚を切り替える。切り替えがうまくできないと転びやすくなる。
新テストはこの切り替えの柔軟性を評価する。体の重心を測るセンサーつきの台に立ち、手すりに触ったような刺激を得られる機器を指先につける。刺激を与え、目を閉じた状態で刺激を消す。その時のふらつきを測れば、転倒を避ける力の「立位年齢」がわかるのだという。
16年以降、新テストを受けた約230人のうち65人が、従来のテストでは問題なかったのに「立位年齢」が実年齢より高く出た。この結果だけで就業制限はしない。データを蓄積し、従来のテストと組み合わせることで
より詳しい転倒リスクの評価を目指す。ヘルスサポートセンターの乍(ながら)智之さんは「個々に応じた効果的な運動指導に生かせる」と期待する。
高さ63メートルを疑似体験
プラント建設を手がける明電舎(東京都)は16年から、労災予防にVR(仮想現実)体験のプログラムを採り入れた。自社の研修に生かすだけでなく、他の企業に販売もしている。
高い所からの墜落や、溶接作業のやけどにつながるような危険な職場環境は、従来の研修では再現できなかった。その怖さを疑似体験してもらうのが狙いだ。
首都高速道路(東京都)が5月に実施した研修には、首都高や関連会社で働く約30人が参加した。記者も体験させてもらった。
会場には、高さ数センチの足場がある。手すりもあり、そのまま歩くのはわけない。
だが、専用ゴーグルをつけたとたん、360度の視界が二つのビルをつなぐ高さ63メートルの足場の映像になる。足を踏み外せば硬い道路に真っ逆さまに落ちるような錯覚に陥る。一歩踏み出すのも怖い。扇風機が高所の風も再現し、臨場感がすさまじい。
参加者の中には、怖さのあまり叫び、途中でゴーグルを取ってリタイアする人もいた。高速道路の補修計画を立てる部署の女性(42)は「高所では安全帯(命綱)が着用できているかをしっかり確認したい」と話した。
明電舎の担当者は「VRだけだとアトラクション感覚だけで終わってしまう」といい、VR研修だけを実施することはない。疑似体験の感覚が生々しく残るうちに、安全帯の正しい装着方法などを学ぶ研修も同時に実施している。
転倒、50代以上が68% 18年の労災認定
厚生労働省によると、18年に労災認定された死傷者約12万7千人のうち、最も多かったのは「転倒」(3万1833人)で、「墜落・転落」(2万1221人)が続いた。「転倒」は50代以上が68%を占めていた。
労災に詳しい大原記念労働科学研究所の永田久雄・客員研究員によると、転倒が起こりやすい要因は、加齢による筋力や骨の衰えばかりではない。バランス感覚、予防知識の無さ、ハイヒールやパンプスのようなかかとの高い靴など、多くの要素がからむ。