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「家は潰れるとゴミ」あの日の神戸、伝える茅葺きの知恵
日本の原風景ともいわれる茅葺(かやぶ)き屋根の建物。伝統建築を守ることが使命だった職人の世界に、新しい風が吹き始めている。神戸の茅葺き職人、相良育弥さん(39)は
茅葺き技術を使った新しい表現を模索している。茅葺きを「貧乏くさい」と語る住人に、価値があると証明したい、そんな思いを胸に活動してきた。
相良さんが茅葺きと出あう大きなきっかけは、1995年の阪神大震災だった。中学3年だった相良さんは自宅で被災した。自宅にはヒビが入り、よく遊びに行った神戸の繁華街はビルが倒壊していた。
その光景を見て「家は潰れるとゴミなんや」と感じた。大工をし、農作物を育てていた祖父を見て、生きる力とは何かを考えるようになった。
「百姓になりたい」。祖父の田んぼで自給自足を始めたが、軌道に乗らず試行錯誤をくり返していた時、葺き替えのアルバイトに誘われた。百姓とは「百の技をもつ人」。「まだ三姓くらいですけど」と言う相良さんに、親方は「茅葺きの中に10は詰まってるで」と返した。
茅葺きの仕事の中には、草の刈り取り方や縄の結び方など10どころではない技があった。「茅葺きって百姓そのもの」。そう感じた相良さんは、親方の元で5年間の修業を経て、独立した。
独立とともに新しい茅葺きの表現も試み始めた。茅葺き職人といえば、伝統的建築物の修復が仕事。古い家だけではなく、今の建築になぜ応用できないのか疑問だった。修業中に見た欧州の建物は、新築にも茅葺きが使われていた。
日本では建築基準法などの定めで、市街地で新築の建築材に使うことはできないため、目に触れる機会を増やそうと、イベントの展示品やオブジェ、建物の装飾として新しい表現を模索している。
相良さんが携わった建物が、神戸のほか東京の代官山や恵比寿にもある。茅葺きの技術を使った装飾として、出入り口や建物外観に使われている。
今年5月、日本で「国際茅葺き会議」が初開催された。欧州など7カ国が集まり各国の茅葺き事情を報告した。
「日本は遅れているのが現状。ヨーロッパはノスタルジー(郷愁)を振り切っている」。日本代表の一人として壇上に立った相良さんは、そう訴えた。「日本ではまだ茅葺きの認知度が低く、新築を建てて住むことがリアルではない。一人でも多くの人に知ってもらいたい」
国際会議で相良さんは、これまで出会った茅葺きに関わる人たちの思いを代弁する気持ちで語った。自分の茅葺きの家を「貧乏くさい」「汚い家」「貧乏だから瓦にできんかった」と語っていた高齢の女性。ずっと、「そんなことはない」との思いで活動を続けてきた。
屋根に葺いた草は、古くなれば肥料として土にかえす。古くからの循環が残る日本の茅葺きに、各国から関心が寄せられた。会場の反応を見て、相良さんは確信をもてたと言う。
「じいちゃん、ばあちゃんのやってきたことが評価された。知恵の象徴だと証明できました」。この国際会議を大きな機会に、相良さんは茅の魅力を発信していく。
「ステータスシンボル」のオランダ
おとぎ話のような世界、とも日本では形容される茅葺き建築。だが海外ではまったく様子が異なる。
茅葺きの使い方が最先端と言われているオランダは、国際会議で実例を紹介した。新築の茅葺きの家があり、アパートや消防署、役所にも使われている。オランダ代表で発表したヨースト・クルフッエルさんは「こういう家を人々は求めている」と話した。
「貧しい人が住むというイメージから、ステータスシンボルに変わってきている。エコロジー(自然環境保全)にかなっているからだ」と強調した。
欧州の報告からは、自然環境やエコロジーへの関心が高まり、茅葺きが再評価されている様子がうかがえた。茅葺きの茅とは、ススキやヨシの草の総称。参加国の多くが中国や欧州各国から輸入している。
そのため品質管理が進む。茅は燃えやすいのが欠点だが、英国は薬剤を使って延焼を防ぐ取り組みを紹介した。
一方の日本。ほぼすべての茅を国産でまかなっているが、市街地で新築の建材には使えない。農村でも新築の選択肢になっていないのが実情だ。
日本茅葺き文化協会代表理事の安藤邦広さん(71)は「日本は産業化では遅れているが、昔ながらの循環が残っている」と話す。茅を土にかえす循環にデンマークの代表らは関心を示した。
欧州などでは、使用済みの茅の処理が課題に挙がっていた。日本も産業化することで、安全管理や品質保証、人材確保が進む。「慣習として受け継がれたものを明文化し、誰にでも伝わるようにする必要がある」と語った。