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寝たきり、「働く場所がない」 声と指1本からのMBA
「僕、大学に行ってみたいと思っているんだけど」
私がそう言うと、母はこう答えた。「ダメとは言わないけど、お母さんが大学についていって、毎日は介助することはできないよ」
就職? 進学? 寝たきりの私
高校3年生のころの話だ。就職活動をするか、大学に進学するか、迷っていた。私は生まれつき「脊髄(せきずい)性筋萎縮症」という難病を罹患(りかん)している。子どものころから基本的に寝たきりの生活を送っていた。唯一、自分でできることと言えば、会話と左手の親指を1センチ動かせるのみだ。
「あと、大学に4年間通ったところで仙務には就職できるところはあるの?」
母は誰よりも私のことを分かっている。日常生活すべてにおいて介助が必要なことや、家から大学まで通うことのほかにも、教室移動や講義中のノート取り、テスト問題への記入など、学習面でも何かと介助が必要となる。その上、講義時間外には食事やトイレのサポートも必要になってくるだろう。
考えた末、大学進学はあきらめることにした。それは仮に上記のサポートを4年間、家族やボランティアさんですべて解決できたとしても、私には大学卒業後の「自分が働いているイメージ」というものを全くイメージできなかった。
お金を払って授業を受ける立場でさえ、私は大学や行政に万全の状態で受け入れてもらえないのだ。だとすれば、次に働くというお金を受け取る立場になった場合、そんな私を雇いたいと思ってくれる会社が果たして存在するのだろうか。ふとそんな疑問も抱いた。
だが、大学進学をあきらめた一方、10年前の当時の私は淡くもこんなことを考えていた。「大学の勉強もオンラインで受けられる時代だったら良かったのになぁ」
コロナで注目、オンライン教育
あれから月日が経った昨今、新型コロナウイルスの影響でテレワークだけではなく、オンライン教育にも注目が集まってきた。障がいがあるなしに関わらず、ステイホームにより、学習がストップしたことが要因だ。今後、次第に新型コロナが終息したとしても、世界中が感染症のリスクに大きな危機感を覚えたことで、オンライン教育化は社会に根付いていくだろう。
私自身、小中高と特別支援学校(当時は養護学校)で基本的な学びを得てきたが、今から1年ほど前、オンライン環境でMBA(経営学修士)を取得できる大学院で修士号を取得した。大学進学をあきらめたと説明してすぐに「なぜ、大学院に行くことになったの?」と不思議に思うはずだが、これには理由がある。
進学の気持ち、心のあざ
大学院へ進学、ないしはMBAに挑戦しようと思ったのは、やはり先ほど述べたように特別支援学校の高校を卒業後、一般的な大学に進学してみたいという気持ちが心の中であざのように残っていたことだ。これまでのような特別支援学校という障がい者の世界ではない、もっと別の世界で学びを得てみたかった。
もう一つ、ちょうどそのころは起業して数年がたったときだったが、私は会社経営に行きづまりを感じ始めていた。思ったように売り上げが上がらない。新しい事業の立ち上げに関してもうまく作り込むことができない。
何より、決定的だったのは、サッカーボールを壁打ちするような、事業計画に関する相談相手がいなかった。ただでさえ無知な障がい者が、このまま手探りで経営を続けていても必ずどこかで大きくつまずく。危機感が、私の不安感を強くしていった。
そんな中、オンライン環境で経営学を学べる大学院と出会った時には何かビビッと来るものを感じた。むしろ大学以上に、MBAという学位とともに必要な経営学を学べる大学院に魅力を感じた。それに、大学院側からの誘いで
特待生枠で入学でき、学費の心配もなかった。入学後、今まで特別支援学校で育ってきた身として、周りに障がい者が誰もいない環境に不思議な感覚を覚えた。多分、この感覚は喜びという表現が一番ふさわしいかもしれない
初めて知る、健常者の学び
一方、障がい者である私が、健常者の学びを世界で通用するのかという不安もあった。当たり前な話だが、その大学院の在校生で特別支援学校の出身はいなかった
ただ、私は学歴こそはないものの、実際に19歳で起業した。その上、「働く場所がなかったから自分で会社を作ろう」という経緯は、他の人にはない経験だろうし、これまで手探りながらも、会社経営にチャレンジしてきた自負があった。
その点、ほかの学生の多くはこれから起業を目指していく人が多かったので、特別支援学校の卒業生の私は基礎学力面での座学では不利ではあるが、臨場感のある実践的な経験値では負ける気はしなかった