https://news.biglobe.ne.jp/domestic/1124/ltr_201124_2428931135.html
菅首相が始めたかに見えた日本学術会議への人事介入だが、実際は安倍政権時代、宇野教授の任命拒否から始まっていたというわけだ。
「安倍政権下でやったこの宇野教授の任命拒否が通用し、しかも秘密裏におこなうことができたため、引き継いだ菅首相が意を強くし、さらに任命拒否を6人まで広げていったということだろう」(全国紙政治部デスク)
それにしても、安倍政権はなぜ宇野教授だけを任命拒否したのか。周知のように、宇野教授は「特定秘密保護法案に反対する学者の会」(当時)に参加、2013年に廃案を求める声明を出しているし、2015年発足の「安全保障関連法に反対する学者の会」では呼び掛け人になるなど、安倍政権の政策に批判の声をあげていた。
しかし、同様に安保法制批判や特定秘密保護法に反対の動きをしていた学者は他にも多数いたはずだ。にもかかわらず、2018年の時点で、安倍政権は宇野教授ひとりだけを標的にして、前例を破って任命拒否に踏み切った。
実はこの背景には、宇野教授の父親をめぐる安倍首相の私怨、意趣返しがあったのではないかといわれている。
●宇野教授の父親・重昭氏が青木理に涙ながらに語った安倍首相批判
宇野教授の父親である宇野重昭氏は、2017年に亡くなっているが、元外交官で、北東アジアや中国政治史を専門とする国際政治学者。そして、安倍前首相の母校である成蹊大学で学長まで務めた人物だ。しかも、学生時代は直接、安倍首相を教えており、安倍首相が政界入りしてからも付き合いがあったという。
まさに安倍首相にとって“成蹊大時代の恩師”だったわけだが、その重昭氏は亡くなる前年、ジャーナリスト・青木理氏の取材に応じ、安倍氏を「安倍くんは間違っている」「もっと勉強してもらいたい」「もっとまともな保守に」と厳しく批判していた。
重昭氏が安倍批判をしたのは、青木氏が2015年から2016年にかけて「AERA」(朝日新聞出版)に連載していたルポ「安倍家三代 世襲の果てに」の最終回。この連載は、その後『安倍三代』として書籍化され、現在は文庫(朝日文庫)になっているが、記事のなかで重昭氏はまず、教え子である安倍首相との関係についてこう語っていた。
「彼(晋三)が入学した当時、私は国際政治学とアジア研究を担当していました。たくさんの学生の一人として彼を見て、成績をつけたのは覚えています。政界入り後も食事をしたり、ゆっくり話をしたこともあるので、ある程度の人柄も知っているつもりです」
「私はどちらかというとリベラリストですが、決して右でも左でもない。中国の要人や知識人に会うと、彼(晋三)をすごく批判し、極右だと言わんばかりだから、『そんなことはありません』とも言ってきたんです」
しかし、一方で、安倍首相が安保法制を強行成立させたことについて、重昭氏はこう厳しく批判していた。
「(安保法制は)間違っている、と思います。正直いいますと、忠告したい気持ちもあった。よっぽど、手紙を書こうかと思ったんです」
「彼は首相として、ここ2、3年に大変なことをしてしまったと思います。平和国家としての日本のありようを変え、危険な道に引っ張り込んでしまった」
そして、最後は涙を浮かべながら、安倍首相にこんなメッセージを投げかけていた。
「現行憲法は国際社会でも最も優れた思想を先取りした面もある。彼はそうしたことが分かっていない。もっと勉強してもらいたいと思います」
「彼の保守主義は、本当の保守主義ではない(略)彼らの保守は『なんとなく保守』で、ナショナリズムばかりを押し出します(略)私は彼を……安倍さんを、100%否定する立場ではありません。数%の可能性を、いまも信じています。自己を見つめ直し、反省してほしい。もっとまともな保守、健全な意味での保守になってほしい。心からそう願っています」
●「コロナなのに学術会議をやっている場合じゃない」というすり替えに騙されるな