■「また明日」と言ったが……
この時、安倍は選挙や政局は生き物であり、常に急変の危険性を孕むことを指摘した。
その言葉を聞いて気になった私は、つい第1次政権と第2次政権、
過去2度の安倍の退陣がどれほど衝撃を与えたか、口にしてしまった。
すると安倍は「心配しなくても、もう、そういうことはありませんよ」と早口で遮った。
ひとしきり話を終えると、安倍は「もうこんな時間だ。明日も遊説がある。また明日」と言って電話を切った。
これが生涯最後の会話になると、誰が予想できただろうか。
その翌日――。
7月8日午前11時35分。
安倍銃撃の一報を受けた瞬間、目の前が真っ暗になり、全身が脈打つような錯覚に襲われた。
安倍は政治家のなかでも屈指の強運の持ち主だった。
伊勢志摩サミットなど、ここぞという場面では雨の予報を裏切って雲を散らし、晴天を呼び込んだ。
「志半ばで命尽きるはずがない」
冷静さを取り戻すために、何度も自分にそう言い聞かせた。
第1次政権の退陣直後、失意による自殺説が流れたことがあった。
その時も安倍は入院先からこっそり電話に出て、か細い声で応じた。きっとあの時と同じだ。
「本当に大変だった。危ないところだった」と軽口を叩くに違いない。
藁にもすがる想いで電話を鳴らし続けたが、二度と通じることはなかった。