■ゲノムを「読む」から「書く」時代へ
細長いチューブの中で増殖していく微生物の細胞。
米国のJ・クレイグ・ベンター研究所のウェブサイトに掲載された動画を見たとき、
私は驚きとともにかすかな戦慄を覚えました。そこで細胞分裂を繰り返していたのは、
人工的につくられた「新しい生命体」だったからです。
「ミニマル・セル」と呼ばれるその細胞は自然界に存在したことがなかった生命体です。
にもかかわらず、私たちと同じように細胞分裂し、増殖することができる。
これは私たちと同じ「生命」なのでしょうか。
工学的発想でゲノム(全遺伝情報)を設計し、新たな生命体をつくり出す──。
この新しい研究領域は「合成生物学」と呼ばれ、その進展は、生命の定義を根源から揺さぶります。
だからこそ、これらの研究を「誰が」「どのように」「何を目的に」行っているのかを取材してみたい。そう強く感じたのです。
こう語るのは、毎日新聞の記者・須田桃子氏だ。彼女は2006年に科学環境部の所属となり、
生命科学領域の取材に長く携わってきた。2016年9月から約1年間、
ノースカロライナ州立大学遺伝子工学・社会センターに客員研究員として滞在。
合成生物学を学びながら取材を続け、『合成生物学の衝撃』という一冊の本にまとめた。
同書は、合成生物学の現在を紹介しながら、「生命とは何か」という本質的な問いにも迫る。
背景には、2003年に完了した「ヒトゲノム解読計画」に伴う、ゲノムの解析技術の進化があります。
ゲノムが解読され、コンピューター上のデジタル情報として扱うことが可能になったのです。
例えば、酵母や大腸菌に医薬品や化粧品の原料を作らせたり、藻類の脂質を何倍にも増やしてバイオ燃料を生み出したり。
遺伝子組み換え技術やゲノム編集技術など、遺伝子を改変する技術を用いて一部がすでに実用化されています。
■「ミニマル・セル」という新しい生命体
そんななか、細菌のゲノムを解析したうえで、生命に必須な最小限の遺伝子だけを選択し、
ゼロから人工的に合成したDNAを持つ生物をつくる試みも進められました。
そのような合成ゲノムを持つ人工的な生命体の作製に、世界で初めて成功したのが前出の「ミニマル・セル」でした。
作製に成功したのは、米国の生物学者、クレイグ・ベンター氏らのチームです。
ベンター氏はヒトゲノム解読に最も貢献した科学者の一人として知られています
ベンター氏らは、ある細菌のゲノムから生命活動に必要最低限の遺伝子を選択し、さまざまなパターンのDNAを合成。
それらを近縁種の細胞に移植して、きちんと分裂が始まるかどうか実験を繰り返しました。
合成したゲノムに少しでも問題(エラー)があると、細胞は分裂できずに死んでしまいます。
ベンター氏らは試行錯誤の末、細胞が安定して分裂するために必要な遺伝子群の特定に成功。
「生命として機能するために最低限必要なゲノム」を持つ人工細菌「ミニマル・セル」が誕生したのです。2016年のことです。
「ミニマル・セル」は、細胞分裂によって自らの遺伝情報をコピーすることができます。
つまり、生命の必要条件の一つを満たした「人工生命体」であると言えるのです。
続きはソースで
図:人工細胞「ミニマル・セル」の作り方
Yahooニュース
https://news.yahoo.co.jp/feature/968