→地球規模の歴史的な気候変動を調査する方法の1つに氷床コア年代測定がある
→グリーンランドの氷床では、紀元1000年以降の年代測定に最大4年のズレがあると判明した
→修正の結果、アイスランド・へラク火山噴火と推定されていた痕跡は、浅間山噴火の可能性が示された
長野県と群馬県にまたがる浅間山は、現在でも噴煙を立ち上らせる活火山として有名です。
浅間山はここ数年間小規模な噴火を繰り返していて、ニュースで頻繁に報道されているので、記憶している人も多いでしょう。
そうは言ってもさほど巨大な火山という印象もないので、「奴は四天王の中でも最弱…」と侮っている人もいるかもしれません。
しかし、浅間山は今から900年前に史上最大規模の大噴火を起こしていて、なんとその痕跡がグリーンランドの氷床に残されていたことがわかりました。
あまりに壮大過ぎてピンと来ませんが、浅間山はかつて、中世のヨーロッパにまで被害をもたらす大災害を起こしていた可能性があるのです。
研究チームが数々の古い文献の調査から導き出した、浅間山噴火にまつわる歴史ミステリーを追っていきましょう。
(中略)
■1110年に月が消えた、という記録
この調査の中で気になる記録が見つかりました。それは1110年5月に起きた月食の目撃例で、それは例外的に暗かった、もしくは完全に月が消失したと記されています。
これは中世の記録「ピーターバラ年代記」の中にも記載されていて、「夕方、明るく輝いていた月が、夜になると完全に消えてしまい見えなくなった」と記されています。
月食は通常、月が赤銅色に輝きます。しかし、数世紀後のイギリスの天文学者ジョージ・フレデリック・チェンバースは「1110年の記録にある月食は、なじみ深い銅色に輝く月食ではなく、完全に月の消失であった」と書いています。
この出来事は天文学の歴史の中では有名なものですが、その原因については明確に示唆されていません。今回の研究者たちは、この月消失イベントが、火山性エアロゾルによって引き起こされたと推測しています。
また研究者たちは木の年輪にも着目しました。この調査によると1109年は年輪が著しく細くなっており、例外的に寒い年であったことが示唆されています。
ヨーロッパの古い文献の中からは、1109年から3年間に渡る悪天候、不作、飢饉に関する記述が多く発見されました。
1108年以降、数年に渡り世界的な異変が起きていたことは確かなようです。
そして氷床コアに残る硫黄降下物の痕跡年代から見ても、その厄災は大規模な火山噴火が原因であった可能性が高いのです。
しかし、アイスランドのヘラク火山でないとしたら、この世界的な災難は、一体どの火山がもたらしたのでしょうか?
■浅間山 天仁大規模噴火
研究者たちがもっとも可能性が高いと考えたのが、1108年に起きたという日本の浅間山の大噴火です。
浅間山は1783年、江戸時代にも大噴火を起こしていて、こちらは多くの記録が残っています。上の画像も、江戸時代に起きた浅間山噴火を描いたものです。
この噴火は1400人以上の死者を出し、爆破の衝撃は江戸の街まで届いて障子戸を震わせ、火山灰の降灰は千葉県の銚子まで確認されたと言われています。
しかし、1108年の天仁大規模噴火は記録は少ないものの、この江戸時代の大噴火よりも規模が大きかったと推定されています。
この様子は、当時の政治家、藤原宗忠(ふじわら の むねただ)日記『中右記』の中に残されています。
「天仁元年(1108年)の九月五日、猛烈な噴火が起きて山稜が焼かれ、その噴煙は天にまで達し、砂礫は国に満ち、火山灰は地に積もって田畑は全滅した。一国の災害でこれほどのものは未だかつてなく、稀にみる怪奇現象として記しておく」
グリーンランドの氷床に残る火山噴火の痕跡や、ヨーロッパ各地に残る飢饉や、天体観測の奇妙な記録は、どうやら日本の浅間山噴火が原因の可能性がかなり濃厚なのです。
続きはソースで
https://nazology.net/archives/59369