Q. 私たち人間は,他の下等な動物とは比較にならないくらい優れた知能を持っています。だから,人間は進化の頂点に立っているといえるのではないですか?
A. 違います!進化についての大きな誤解の一つが,「生物は進化によって複雑で高度なものに変化していく(=最も知能が高いヒトこそが進化の頂点にいる)」という考え方です。
ある環境下で有利な形質が,別の環境下でも有利であるとは限りません。
雪原では,茶色い毛の動物よりも白い毛の動物のほうがカモフラージュに有利だから,白い毛の動物が増えるかもしれません。
一方,草原では白い毛よりも茶色い毛のほうが目立たないから,茶色い毛の動物が増えるかもしれません。
さて,白い毛の生物と茶色い毛の生物,より優れているのはどちらでしょうか?
自然選択による進化によって,ある環境によく適応した生物が誕生するかもしれませんが,それはその生物の複雑性や本質的な優劣と一概に結びつけることはできないのです。
Q. 私たち人間の脳は,爬虫類の脳,下等な哺乳類の脳,そして高等な哺乳類の脳の三つからできているって本当ですか?
A. 違います!
これは,アメリカのポール・マクリーン博士が20世紀の中ほどで唱えた「三位一体脳(triune brain)」と呼ばれる仮説がもとになっています。
マクリーンは,ヒトの脳が,原始爬虫類の脳,古い哺乳類の脳,新しい哺乳類の脳という三つの基本的構造を保って進化したと考えました。
さて,三位一体脳仮説が正しいとしたら,哺乳類以外の脊椎動物には新皮質がなく,古い脳しか持っていないことになります。本当でしょうか? 実は,「新皮質」がないというのは本当です。
哺乳類の大脳にはきれいな層(皮質)構造があるのに対して,鳥類の大脳には層構造は見当たりません。
このため,ドイツのルートヴィヒ・エディンガー博士は,鳥類の大脳はほぼすべてが基底核(線条体とも呼ばれる)でできていると考え,大脳の大部分の領域に線条体の名をつけました。
その後,神経連絡や化学物質の分布,胚発生時の遺伝子発現などの対応関係の研究が進むにつれ,鳥類の「基底核」のうち,哺乳類の基底核に相当するのは一部分に過ぎないことがわかってきました。
哺乳類の新皮質は,発生的な区分では外套と呼ばれる構造の一部ですが,鳥類でそれまで基底核と考えられていた領域にも,外套に相当する領域が多く含まれていたのです。
このような知見の積み重ねをもとに,2004年に鳥類の大脳領域の名称が改定され,それまで線条体の名がついていた多くの領域が外套と呼ばれるようになりました。
鳥類の名称改定は象徴的ですが,鳥類だけでなく,魚類や両生類,爬虫類の大脳にも外套に相当する領域があることがわかっています。
外套という構造自体は脊椎動物に共通していて,哺乳類が新しく獲得した構造というわけではないのです。
Q. 魚などの下等な動物の大脳には新皮質がないから,嗅覚の処理しかしていない。何かを記憶したりすることはできないと習いました。
A. 違います!魚類などの大脳が嗅覚しか処理していないというのは誤りです。
日本で最初の比較心理学者である増田惟茂博士は,1915(大正4)年に『心理研究』誌上に「魚類の『学習』の実験」と題した論文を発表しました。
魚類の学習実験を多数概観した後,キンギョとコイを対象に,罰の学習ができることを報告しました。
魚類が学習をする能力を持っていること自体は,エディンガーが脳の研究を行っていた当時から示されていたわけです。
では,魚類の学習はどのような脳部位で行われているのでしょうか? 現在では,やはり大脳が関与していることが明らかになっています。
光刺激の提示を手掛かりとした電撃の回避反応をゼブラフィッシュに学習させ,カルシウムイメージング法(広範囲の神経細胞の活動を生体内で可視化する手法)で脳を観察すると,
訓練から24時間後に,光刺激の提示に対して大脳の背側部分(外套に相当する)で神経活動が認められるようになります。
このことは,この領域が長期的な記憶に関わっていることを示しています。この領域は,間脳から視覚や聴覚などの感覚情報の入力を受け入れています。
つまり,魚類の大脳が嗅覚の処理しかしていないというのは,機能的に見ても解剖学的に見ても誤りだということがわかります。
https://psych.or.jp/wp-content/uploads/2017/10/75-17-20.pdf