<検証・コロナ対策7>
「これでは永久に検査を受けさせられないじゃないか」。医師の尾崎治夫(68)は保健所の担当者を相手に、受話器を握り締めたまま怒りに震えた。新型コロナウイルスの感染が拡大していた3月下旬、東京都東久留米市で開業する尾崎の診療所にも、患者が次々と訪れていた。
診察でPCR検査が必要だと判断したが、診療所に検査機器はない。保健所に電話すると話し中。1時間後にやっとつながるが、「肺炎の症状はありますか」などと細かく聞かれる。検査ができる病院の紹介を求めると、「重症ではない」と断られた。
首相の安倍晋三(65)は2月末、医師が必要と判断すれば「すべての患者がPCR検査を受けられる十分な検査能力を確保する」と言明していた。日本医師会が調べると、尾崎が経験したような「不適切な事例」は、3月中旬までに全国で290件あった。
◆「この10年、何を…」
安倍の表明から4カ月余り。経済再生担当相の西村康稔(57)は7月になっても「検査体制を大幅に拡充していく。計画的に進めていくことが大事だ」と国会で述べた。不十分さはまだ解消していない。
10年前、政府の有識者会議は、新型インフルエンザの流行を受けて検査体制の強化を提言していた。コロナ対策を話し合う政府専門家会議のメンバーはこう話す。「(提言は)予言書のようだ。この10年、(時の)政権は何をしてきたのか」
厚生労働省は10年前から、検査体制の不十分さを把握していた。新型インフルエンザ流行後の2010年、当時の政府有識者会議は「とりわけ」と強調した上で、PCRなどの検査体制強化を提言した。
◆受診抑える動き
だが、新型コロナウイルスの感染者が国内で初めて見つかった今年1月中旬から1カ月たっても、検査能力は1日わずか300件。日本は欧米などと異なり、PCRとは別の検査が普及しており、提言に沿った改善は図られていなかった。
2月16日、政府専門家会議の初会合では、不十分な検査体制を前提に「重症で原因が不明の時にPCRを回すのが妥当」との意見が出る。翌日に厚労省は「37・5度以上が4日間」という相談・受診の目安をつくる。
これによって、感染の疑いを心配しても受診を控える動きが出てくる。相談先の保健所も、検査で陽性になれば入院先などが必要だが、病床は空いていないため検査に慎重となった。
「必要な検査が受けられない」との批判が相次ぐと、安倍は4月6日、「1日2万件」にすると表明する。しかし、保健所は相談対応や検査の判断、入院先の確保、感染者の追跡調査と多忙を極めていた。相談にすらたどりつけない状況が生まれる。
◆早く検査できていれば
感染が拡大していた4月上旬、世田谷保健所の相談窓口は朝から電話が鳴り続けた。相談件数は前の週から倍増。区内に単身赴任していた50代の男性会社員は3日、「感染したかも」と九州の妻にLINE(ライン)で伝える。保健所に何度も電話するが、つながらない。11日、肺炎で亡くなっているのが見つかり、死後に感染が判明する。友人は「どれほど不安だったか」と漏らした。
4月中旬、都医師会長の尾崎治夫は都などと連携して、保健所を介さずに検査ができるPCRセンターをつくり始める。「自分たちでやるしかない」と考えた。
このころ、練馬区の女性(37)は発熱とせきが続いていた。診療所や病院では「院内感染の恐れがある」などと言われ、診察を断られる。保健所に連絡しても「医師の受診がない」と検査さえ受けられない。
「同居する両親や娘(5つ)にうつしてしまうかも」と自宅の寝室にこもり、不安で何度も泣いた。発症から28日目にようやく、地元にできたPCRセンターで検査を受けることができる。結果は陰性だった。
陰性が出ると病院は診察に応じた。診断結果はぜんそくとへんとう炎。「もっと早く検査できていれば、ぜんそくの治療に切り替えられたのに」と憤る。
◆「政治家が今まで以上に」
検査能力が1日2万件に達したのは、感染拡大のピークから1カ月以上が過ぎた5月15日。実際の検査数はその半数未満にとどまった。安倍は「目詰まり」と説明したが、その原因はだれがつくったのか。
政府専門家会議副座長の尾身茂(71)は、10年前の提言が生かされなかった理由を国会で問われ、困惑気味に答えた。「政治家の先生たちが今まで以上にやっていただくことが必要」(敬称略、肩書は当時)
東京新聞
2020年7月29日 06時00分
https://www.tokyo-np.co.jp/article/45455